■「ターナー賞」といえば英国の現代美術作家に贈られる賞だけど、「ターナー」というのが現代美術ではなくて200年ほど昔の画家というのがなんだかおもしろかった。美術史的にターナーは革新的な存在で、その意味で現代美術の賞の名に使われるという感覚はわかる一方で、日本で似たようなことはまずできないだろうなとも思う。たとえば「大観賞」と聞いて、それが日本画以外にも与えられうる賞というのは想像しにくい。日本画はあくまでも日本画であって現代美術とは切り離されているし、評価の定まっている日本画と現代美術は同列に扱えない、という風に捉えられているように思うから。でも、今でこそ評価が定まっている横山大観も当時においては革新的で評価されてはいなかった。
ターナーの絵は光と空気感にあふれた、茫洋とした作風が特徴、と漠然と思っていたのだけど写実的な絵もあって、その幅を知ったのは勉強になりました。風景画が主になりますが、実際の風景に材をとったものと空想で描いたものとでは、実際の景色を描いたもののほうが面白い。空想画は何かを下敷きにしたような印象があって、いまひとつ。エジプトやギリシャの景色を描いているのに、風土が現地のものとは違うことがわかるということもあります。
印象に残ったのはやはり海を舞台にした数点ある力強い作品。逆に輪郭も曖昧な光と空気感にあふれた作品はソフトフォーカスが強すぎる写真に似て、抽象的な表現に近いようでいて、それでいて何か具体的なものが描かれていることは解るから見ているものを読み解こうとして少し疲れました。
またその一方で、モチーフがあいまいな雰囲気の中に溶け込んで明確に描かれていないところから、横山大観の朦朧体を連想したりもしました。漱石がターナーについて言及しているところがあるとのことで、明治期の日本人にターナーがまったく知られていなかったことはないと思いますが、意識していたかどうかはわかりません。ただ、西洋絵画で試行された表現をその意図するものは別であっても似たような表現に収斂していたというのは面白いと思います。それほど区別する必然性を感じないのですが、日本画だ現代美術だとセクト化するのは、比較対象を狭めたいからかもしれません。