■やなぎみわと言えば「案内嬢シリーズ」の写真作品を思い出すのだけど、そのやなぎ氏が作・演出・美術を担当した舞台が「ゼロ・アワー~東京ローズ最後のテープ」。「ゼロ・アワー」は第二次世界大戦時に日本が米軍向けに放送していた戦意喪失を目的としたプロパガンダ放送。「東京ローズ」はそのアナウンサーたちに米兵たちが勝手につけた呼び名だ。その声はYouTubeにも上がっていて聴くことができる。
「東京ローズ」は米兵サイドが勝手につけた名前であり、ただその点において架空の存在だ。しかし、その声の背後に生身の女性が存在していたのも事実だ。「ゼロ・アワー」に参加したことが確認されているアナウンサーは5人。いずれも日系で、国内にいる間に戦争状態となり、母国へ帰れなくなった。彼らには日本へ帰化する圧力がかかったが、アイバ・戸栗・ダキノだけは帰化しなかった。しかし、そのことが仇となり、帰国後反逆罪で告訴され、市民権を剥奪されてしまう(2006年に市民権は回復した)。
実際のところ、「東京ローズ」が誰なのか、特定はされていない。やなぎ氏はそこに仮定を持ち込み、「東京ローズ」という存在を虚構化した。男性を虜にする「声」、セイレーンの正体が虚構になってしまう、というのは初音ミクを思わせるような話でもある。
ただ、やなぎ氏の「案内嬢」シリーズを思うと、虚構の女性(声)は男性の視線によって作られた架空の女性そのものだろう。「東京ローズ」は男性が理想とする女性そのものだった。史実としての「ゼロ・アワー」においても演出が介在していたことを思えば、それは(アニメーションのキャラクターと声優が同一なものではないのと同じ程度に)虚構の存在だったはずだ。やなぎ氏はそこを徹底化させた。
史実のアイバ・戸栗・ダキノは、劇中ではアニー・宥久子・小栗・モレノとなり、戦後反逆罪で裁かれることになる。その原因を作った、あまりにも男性を魅惑した「東京ローズ」の声は、しかしその実体を持たない。そしてその声の主を追い求めるGI、ダニエル山田の望みは決して叶えられることなく、60年近い歳月を経ることになる。
それら悲劇の元となった「東京ローズ」の声を、やなぎ氏は劇中人物に「死者の声」と言わしめる。生身を持たないが故に、そこには理想を投影しやすい余地があるのかもしれない。確かに「初音ミク」にもそれに似た構造はあるように思う。