映画『スカイ・クロラ』

■観ようによっては『去年マリエンバートで』みたいな話にも読めるのだけど、それじゃオカルトだよ、という気もする。それに、本当に延々と繰り返しているのだとしたら、それはもう違うレベルでの不死性であって、死という逃げ道すら無くなってしまうことになる。
 別にそこまでの連続性を持たせなくてもこの物語は一つの章を閉じることができるのだし、それはそれで構わないと思う。

 主役と主な脇を主に映画俳優としてキャリアを積んだ人があてることにどうこう言う声があったことは知っているけど、別に問題にすることはないじゃない、というのが自分の感想。加瀬亮があてる函南の声はどこか舌足らずで年齢不詳だし、菊池凛子あてる草薙の声はむしろ老けている感じなんだけど、芝居は純情な感じがあってこちらも歳がわからない。逆に谷原章介の土岐野はなんかオッサンだし、栗山千明の三ツ矢は優等生っぽい。

 この映画のキーワードの一つになっている〈キルドレ〉は、子供の姿のまま不老の状態に入っている人間を指している。映画の中で、函南はさかんに自分を「子供」と表現するのだけど、彼はどういう意味で自分を子供と表現していたのか引っかかる。子供の姿をしているから、子供と表現したのか、それとも周囲から子供扱いされているから子供と表現しているのか。それとも子供でありたいから子供だというのか。
 例えば、爆撃機接近の報が遅れたことにキレた草薙が司令部に乗り込んだ時、非キルドレの大人の上司に向かって箱南は「明日死んでしまうかもしれない人間が大人になる必要なんてあるのですか」と穏やかに言う。それを聞いた上司は、まあ、なんとも微妙に嫌そうな顔をするわけですが、このやりとりを観ていると、函南はワザとイヤみで言っているんじゃないか、とか思ってしまう。ただ、明日死んでしまうかもしれない、というのは誰でも同じであって、それを言うのであれば、誰しも成長する必要はないということになってしまう。実際には人間の成長する過程というのは、死への行程そのものであって、単に自分が死につつあることを自覚しているかいないかという違いでしかない。むしろ〈キルドレ〉は自然な状態では死なない(はずだ)。

 この映画の中でナチュラルな状態の子供として登場するのは草薙瑞季で、彼女は演出上も解り易く子供として描かれている。彼女は見ていて、なるほど〈子供〉だ、と解る。子供のような顔立ちで、子供のような声で、子供のような発想をして、子供のように振舞う。確かに子供だ。
 それ以外の〈キルドレ〉たちは姿は瑞季よりも一回りは年嵩だから、瑞季の同年代のような子供らしさはないはずだけど、では、その見かけにふさわしい子供のように見えるかというと、正直見えない。
 設定をひっぱってくるのであれば彼らの見かけは中高生ぐらいで、その見かけに近い世代に見えるのは、実際には三ツ矢くらい。ブリーフィングではいかにもな優等生タイプで、兎離州に着任して最初に姿を見せた時のすまし顔は可愛らしいというか、微笑ましい。
 対して草薙は外観の年齢相応に見えたことがない。子供というより(『イノセンス』の)サイボーグかガイノイドのように見えるということもあるけれど、子供を作って、小規模ながらも空軍基地を一つ預かってまがりなりにも運用できて、それで見かけ相応の子供のままだったらむしろヘンだろう。司令部に怒鳴り込んだ時の「これだから子供は」という上司のぼやきは単にぼやくための取っ掛かりがそこにあったに過ぎない。子供でなく大人の女性士官であったとしたら、「これだから女は」というぼやいただろう。そういう大人の男は確かにいる。というか、単に外観が幼いというだけで子供扱いする大人って、そりゃ頭悪いだけでしょう。

 結局のところ、彼ら〈キルドレ〉は子供ではない。三ツ矢はまだ子供かもしれない。でも草薙も函南ももう子供ではない。ぶっちゃけた言い方をすれば、彼らにはアホなところが無い。彼らは変に悟っていて、驚かず、枠から外れない。映画の中のダニエルズ・ダイナーではその店の前の階段に、常に腰掛けている老人がいる。彼らはその老人に似ている。彼ら自身が規定した子供という状態に自縛されたまま固まってしまっている。

 しかし、その自縛も互いに銃口を向け合うほどの熱い感情にアテられて溶けてしまう。函南にとっては、その熱量は迷惑だったかもしれない。彼はぶつぶつ平凡だっていいじゃないかと要するに言っているのだけど、まあ、エースを張ってた彼女の方はそれじゃ我慢ならないわけですよ。

 恋愛ものと解って観れば、とても安心して観れる普通の映画で、2時間という時間は別に長くない(初回に観た時はどういうオチになるのかとても不安で、それはそれは長く感じたのだけど)。
 そしてもう1点、ラストで敵のエースパイロット〈ティーチャ〉という、まあ解り易い記号の相手を倒そうとするとき、'Kill My Father'というモノローグがかぶさるのだけど、この親子観ってステロタイプすぎるように思います。父親って乗り越える存在じゃないでしょ。
 それはそれとして、今ある閉塞感は、そんな〈ティーチャ〉のような具体的な存在に頭を抑えられているから生じているのではなく、逆に抽象的なシステムの中に取り込まれているからこそ生じている感覚なのではないかと思っています。システムは個人に依存しないだけ強固で、そして解り易い闘争の相手としてシンボル化できない。
 でも生きていれば機会はあるかもしれない。それを悟っている函南の知恵は、やっぱり子供とは思えないんですね。待て、しかして希望せよ、てなわけで。時間は常に彼らに有利に働くのだから。

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作成:2008.08.05
公開:2008.09.20

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