■久しぶりに読んだファンタジー。久しく読みつけてないボリュームだったので、読み飽きないかどうか心配だったのだけど、それは杞憂だった。中世風というか前近代風の社会を舞台にしているけれど、ジェンダー論くささがあって、最近のアメリカ作品だなあと楽しみながら読み終えることができた。偏見かもしれないけど。
田舎貴族の家に生まれたキャザリンは〈市〉(シティ?)に本拠を構える変人で有名な叔父に呼ばれる。退屈な田舎からの脱出に喜ぶキャザリンだったが、パンクな叔父はキャザリンにレディとしての暮らしではなく、男装させ、剣士としての暮らしを用意したのだった。
最初は嫌がるキャザリンだったが、次第に本性を表したんだか、逆にハマっていく。彼女はレイプされたまま泣き寝入りを強要された女友達のただ一人の味方として立ち、そして自身の正義に従って剣を振るう。すなわちそれが〈剣の名誉〉──もっとも原題は'The Privilege of the Sword'「剣の特権」であって、この言葉は作品の中で何度と無く出てくる。
成熟した貴族社会の中で、年頃の娘が「それらしく」装うことをしないということは、社会のオーダーから外れることを意味している。つまり、誰も彼女を淑女として扱ってはくれない。
それは社会から与えられるはずであった権利を行使する機会を失うことを意味しているが、反面、社会が持つ明文化されていないルールに束縛されない(というか、ルールを無視しても誰も気にしない)状態にあることを意味している。
それと対照的なのがキャザリンの女友達となるアルテミシアで、前半、彼女は社会的オーダーに従うおそらく典型的な女性として描かれる。玉の輿に乗り、その知らせを受けた時に「のぼせて」気絶までしてしまう。彼女は幸運を手に入れたが、しかし、それはオーダーにしたがっている限りという意味で、とても脆弱なものだし、実際のところ彼女はそれほど大した権利を持っているわけでもない。
結果的にキャザリンは所謂「虐げられた女性達」のために剣を振るうことになる。言うまでもなく彼女はジェンダー的にややこしい状態にあるのだけど、作者の意図は明らかだろう。
しかし、キャザリンの闘いはなかなか実を結ばない。彼女が持つ「剣の特権」ただそれのみだけではやはり限界がある。キャザリンが相手としているのは、実はパンクな叔父の政敵でもあり、そのレベルで語られるのは、言ってしまえば保守とリベラルの対立でもあった。
実のところ、パンクな叔父のそもそもの意図というのは殆ど読み取れないのだけど、結果的にキャザリンは叔父の政治的な闘争を彼女なりのレベルで展開していたのであり、彼女の闘いは最終的には叔父の闘いの中に吸収されることになる。なるのだけど、そのオトシマエのつけ方はないだろう。
叔父がキャザリンを剣士に仕立てたそもそもの動機も不明のままだったり、権謀術数に長けていると思わせておいての意表を突かれたオチのつけかたといい、ところどころ乱暴だなあと感じるところはありました。でも総じてキャザリンのスジの通し方が小気味良い。