■森美術館の「イ・ブル展」が終わり、今度は「アラブ・エクスプレス展」アラブ世界の現代美術作品が紹介される。アラブ世界は単一のイメージで語れるほど単純ではない。北アフリカは民主化運動で揺れ、地中海の奥底では内戦の記憶は生々しく、ペルシャ湾岸は保守的な抑圧の空気の中にあり、逆にその出口地域は都市型開発に沸いている。彼らは西欧世界で「アラブ世界」という言葉で括られるイメージを通して観られていることを意識し、それが自分達の実像ではないことを主張しつつ、伝統的スタイルをどこかに残しつつも西欧的スタイルを志向する。
アラブ世界、中近東は政治的に不安定な状況が長く続き、幾度と無く傷ついた記憶はいまだ癒えていない。いや、改めて指摘するまでもなく、現在も進行中だ。そのためか表現方法は直裁的で、ともするとプロパガンダ的になってしまう。解釈の余地を持たない表現は、その意図は良く解るもののどこか息苦しい。しかし、余裕を持たせた表現で済ませる状況にはないのだろうということも想像できる。
面白かったのは「欧米社会での展覧会の様子が描かれた絵をアラブ世界の人々が鑑賞する」作品で、アラブ世界を眺める我々への逆視線を意識せざるを得ない。しかし、その作品の中で描かれるアラブ女性の姿は伝統的な衣装と西欧スタイルが混淆していて、我々の「イメージの中にあるアラブ」を眺めている姿を揶揄しているようだ。
同時開催のイ・チャンウォン展の展示は「平行世界」 展示室に入るとおとぎ話的な影絵(実際には光絵なのだろうけど)が壁の投影されている。一見、ただそれだけだが、壁に投影された様々なフィギュアは壁際に並べてられた机の上にある鏡に反射された光の反映で、その鏡は報道写真によってマスキングされている。報道写真の中に写っている人の姿や、牛や鳥の姿や、木の姿が切り抜かれ、その穴でマスキングされた光が壁に映ると牧歌的な世界となって再構築される。アクチュアルな現実が投影されたファンタジーな世界。その世界は祈りにも似ている。