■カクレキリシタンという宗教ドメインがある。江戸時代のキリスト教弾圧によって発生したいわゆる「隠れキリシタン」があまりにも長いこと本流から切り離され、かつ当局の目を逃れるために宗教的偽装を導入していたがために、いつのまにか本流とはあまりにも違う宗教形態となって固定化するに至ったものだ。何やら世代間宇宙船のエピソードを彷彿とさせる。その変形の固定化がたかだか200年強で進行したというのは興味深い。
仕事の関係で山口に入るようになった。知らない土地に滞在してまず問題になるのは食事のことで、どこに行けば何があるやら。ただ、さすがは斜陽が射しているとはいえ瀬戸内コンビナート地帯にある拠点のひとつという町だけのことはあって、そこここに食事できるお店は点在している。遅くまで開いている呑み屋街まであるのだけど、そこはちょっと距離があるのでさすがに使えない。
近くに見つけたのはうどん屋やら、ホテルのレストランやらとあるのだけど、距離とコストでリーズナブルなのが中華のお店。
チェーン店のようなものでもなく、中華街にあるようなレストランのようなものでもなく、地方都市の裏通りに入ると軒を構えているような間口の小さなお店。4人がけのテーブル2つ、座敷に2卓、カウンターに6席。5歩も歩けば奥にぶつかる。厨房には中年夫婦、給仕と会計をその母親と思しき老女が勤める。
メニューは普通、と言えば普通。ギョーザがあって、チャーハンがあって、ラーメンがあり、たかだか500~600エンあたりというのはこのあたりの相場で高いのか安いのかはよくわからない。
このお店には日替わりメニューというものがある。紙に手書きのポップで、品目も値段も変わるのが面白い。
初めてこの店に入った時の日替わりメニューは「鶏肉のテンプラ」だった。中華料理屋で「テンプラ」というのも珍しかったし、それが鶏肉ともなればなおさら。
頼んでみると、大皿に鶏の唐揚のようなものが出てきた。唐揚ではないかと思ったのだけど、給仕の老女は黒い液体の注がれた小皿を指して「天つゆ」と言う。しかし、どう見ても出されたのはなんとなく日清のから揚げ粉を使ったようなから揚げだし、食べてみてもから揚げだ。それで別に不味いわけではなく、単に普通のから揚げ。
なんか面白かったのでまた行った。日替わりのメニューは「エビチリ」
出てきた料理に確かにエビは使われているが、かかっているソースに赤みが足りない。というか、グリンピースやカットされたニンジンが混じっていて、あんかけソースのようでもある。ソースをレンゲですくって口へ持っていくと、酢のにおいでむせそうになる。
これは、見た目の通り、酢豚に使うソースではないのか。
別に不味くて食べられないわけでもなく、これはこれでアリだと思うんですが、メニュー上の名称と不一致を起こしているのはなぜなのか。何かこう、「中華料理」のレシピが何かの制約のためにアレンジを加えられる中で次第にずれていき、結局マチガッタまま固定化されてしまっているような感じがする。毎日毎日中華というのもそれはそれで飽きるので、そうそう頻繁にという気にはならないのだけど、面白そうだから時々顔を出してみたい。……もしかすると、それが狙いなのか。