■千葉県市原市の深部というか、房総半島の中央部に養老渓谷という場所があり、そこで3月末から5月連休の頃まで「いちはらアートxミックス」が始まりました。国際展ということでアジアの作家が多いこともありますが、国内作家もあまり見知った名前がありません。かろうじて吉田夏奈、栗林隆、みかんぐみ、大巻伸嗣の名前を知っているくらい。 こじんまりした地域おこしイベントっぽい雰囲気ではないかとも思ったのですが、吉田夏奈や大巻伸嗣の作品は知っていたし、小湊鐵道の1日フリーパスもついていることもあり、脚を伸ばしてみました。
アート作品そのものは正直、自分には面白かったもの、そうでなかったもの混淆していたのですが、数日を経てもまだ印象に強く残っている作品が多かったです。また、養老渓谷周辺の景色が穏やかで整っているのも印象的でした。景色の印象が強いこともあって、屋外展示の作品は生半なサイズでは釣り合わず、だいぶボリュームを持っていないと景色に呑まれてしまっていたようでした。
五井で1泊して、2日連続して会場を回りました。どういうルートで回ったかについては次にまわすとして、まず印象に残った作品というと、飯給駅近くにある藤本壮介の「Toilet in Nature」庭園の中央にガラス張りの洋式便器が据え付けられているという非常に快適なトイレ。梅の花は咲いているし、菜の花が周囲に植えられているしで、非常に贅沢な空間でした。便器がアートになるのかというと、そりゃデュシャンがいるわけですし。
長谷川仁の「レジャーシート」は正直期待していなかったのですが、現地に行ってみて評価が変わりました。大きな桜(与一郎桜)の前に大きな鏡が敷かれているという、ただそれだけなのですが、満開ともなればこの空間の中でとても映えることでしょう。
廃校となった小学校校舎を会場に多く使っているのもこのイベントの特徴ですが、地域的に会場につかえそうな施設としては確かにちょうど良かったこともわかります。ただ、そうした会場が幾つもあるということが、この地域の抱えている問題を如実に表わしています。その会場で展示される作品はおそらく必然的にサイトスペシフィックなものとなり、「小学校」というものについて誰もが持っているノスタルジーが中心的なテーマとなっています。それらの作品は確かに美しく、あるいは面白いものではあるのですが、「地域振興」という地元が抱えているであろう意思に対しては後ろ向きのようにも思います。地元出身で東京付近へ就職しているような人たちがこのイベントを観て戻ってくることもあるかもしれませんが、それでは弱いでしょう。ただ、外部から訪れた作家が感じたことがストレートに出ているとは思います。身も蓋もない認識が作品となっているというのは、もしかしたら残酷なことかもしれません。
面白かったのは旧里見小学校会場で展示されていた栗林隆の「プリンシパル オフィス」(校長室)でした。零課30℃程の低温を維持して何もかも凍らせているのですが、それは「校長室」というものについて持っているイメージかもしれません。ただ、私自身は校長室を「怖い」と感じたことが一度もないので、むしろ文字通り「凍り付いた時間」を連想していました。
また旧月出小学校会場も印象的でした。単純に里山をすぐ背後に抱えているロケーションが素晴らしく、また、その自然を利用した岩間賢の「蔵風得水」のダイナミックな作品も、土地が持つ力を象徴しているようで印象に残っています。
一通り会場を回ってみて、個人的に一番だったのは養老渓谷駅から少し歩いたところにある大巻伸嗣の「大きな家」で、おそらく再生古民家を丸ごと使った作品ですが、古い家に感じる「気配」のようなものを形にしているようでした。何かがそこで息づいていることを感じさせるようで、その場から去りがたく、また忘れがたい印象が残りました。