■ドローイングで好きな作家として野又穣という方がいらして、数年前に東京オペラシティーアートギャラリーの常設展示で目にして以来、惹き付けられている。背景に他の人工物はなく、人の姿はなく、建築途中のまま放り出されたかのようなアールデコの様式を持つ建物は、そのフォルムから何かしら機能がありそうで、しかし具体的に何か思い浮かぶでもない。建物があるからにはその構築に携わった人々がいたはずであり、それを設計した意図があったはずだが、それらは伏せられたまま、ただ視る者の想像に任されている。その物語の可能性と、すこしレトロな装いを持つ建物のフォルムが魅力になり、観ていて飽きない。
その野又さんの作品を一つの目玉とした「空想の建築展」が開催されているというので町田市立国際版画美術館に初めて行った。町田駅から徒歩15分程度の芹が谷公園の一角にあり、駅前の賑わいぶりが全く伺えない閑静な住宅地といった雰囲気で面白かった。たった15分で街の印象がずいぶん変わってしまう。
「空想の建物展」は古くは想像のエジプト建築物を描いた版画刷の図版から始まり、そのイメージを引き継ぐように発展していく近代・現代の都市景観を描いた絵画へとつなぐ。想像上のものだけに描かれる建物のスケールは大きくなっていき、その行き着く先には「バベルの塔」がある。展示されていた図版の中には想像上の巨大なパサージュなどもあるが、総じて巨大な人工空間を創り出していることは共通している。また、スターウォーズなどのSF映画の中で描かれる大空間のイメージとの類似を見出すこともたやすい。
昔から単純に好きだったのだ。人間は。こうした巨大建築、というより巨大な人工空間が。
目当ての野又譲作品は最後の展示室にまとめられていた。今まで目にしていなかった作品もあって満足。アールデコ調の鉄骨構造物やミニマルなコンクリ造のような建造物、最近制作の都市の夜景の中にそびえる輝くタワー。2011年の大震災を期にそうした建造物はしばらく描けなくなっていたそうで、その時期に書き溜められていた「Construction of Blue」シリーズも展示されていました。ただ、これは3331で見ています。青のグラデーションで塗られた面だけで構成された絵は、以前の絵と比べると表情を失い、物語は感じさせなくなっていましたが、反面、心を穏やかにさせる静かな作品になっていました。
最近はまた都市景観に戻っているようですが、描かれている景色はかつての牧歌的な空気はなくなり、現在の都市空間を意識したような、少し重苦しい景色へと変化している。それは震災直前に描かれていた光り輝くタワーとも違う。(あえて言えば大岩オスカールのように)アクチュアルな世界を幻視するように描くほうへ移っているようでした。