ストリーム・スニーカー
35. The Dead of Gundog

 水口はパッドを操ってYSPネットにアクセスした。使い捨てのアクセスキーはメイからもらった。YSPネットを使いYSP・POの交通情報サービスにアクセスし、そのカプリングコードを乗っ取って交通情報サービス機関内部に入りこむ。そこでYSP・PO連絡用のプライベートアクセスラインを炙り出し、正規アクセスを装って本牧POBへ侵入する。
『病院前で阻止線を張っている部隊を病院の敷地内にいれさせます。――指揮通信ラインに介入しなさい』
 水口は指揮・作戦用の通信ラインを探す。交通課から他セクションとの連絡ボードを介して対テロ作戦企画ユニットの作業支援プロセッサに入りこみ、そこから今回の作戦指揮チームが使用している情報処理クラスタへたどり着いた。
 情報処理クラスタでは作戦現場の三次元情報をリアルタイムでトレースしていた。それと同時に幾つもの作戦シナリオがパラレルでシミュレーションされていた。状況は刻々と変化し、それを受けてシミュレーションも繰り返される。選択肢は無限に広がり、収束することはまずない。シナリオは常に書き換えられる。
 だが、このクラスタには作戦指揮用の通信ラインは無い。水口はクラスタの奥を探り、クラスタを取り囲む周辺サーバーの中に通信処理専門のプロセッサがあることを見つける。
 アクセス。
『データはわたしの方で作ります』
 水口はパッドの使用している通信ラインが、その帯域幅一杯に飽和したことに気づいた。単なるライン乗っ取りにしてはデータ量が多すぎる。水口は不安に駆られた。
「だいじょうぶよ」森宮が静かに言った。「信用してあげなさい。――きっと、嬉しいのでしょう」
 水口は森宮を見つめた。一瞬、彼女が何について言ったのかが解らなかった。
「‥‥嬉しい?」
「15年近く架せられていた首枷が外れたんですよ。そう、嬉しいのですよ」
 森宮の表情は晴れ晴れとして、穏やかだった。以前、サトウの遺族に会いに行った時に見せた表情とは違っていた。
 今の方が自然に見えることに水口は気づいていた。なぜかは解らなかった。ただ、生え抜き達が始終見せている防壁のような微笑みよりはずっと好感の持てる表情だった。
「森宮さん‥‥」言葉が衝いて出る。「森宮さんも嬉しそうですね」
 森宮は驚いたようだった。
『モリミヤさん。気を抜かないで。まだ終わってはいない』
「――そうですね、メイ」
『割り込んだわ』

 YSP/GPの対テロ部隊は包囲網を一気に縮めた。NTNの保安部隊は地下へ通じるエレベータホールとそこへ通じる通路内に封じ込まれた。
 NTN側は弾薬を殆ど消費しないでいたが、篭城はできないことを知っていた。YSP/GPは無能な警察組織ではない。今更交渉できる相手でもない。
 橿原は焦っていた。これまでに二回エレベータドアの破壊を試みていたが、いずれも失敗していた。高温低速燃焼材で焼き切ることもできなかった。
 炸薬の量を増やせば良いことは解っていた。だが、狭い空間内に部下が集中しすぎていた。この状況で爆発力を高めるのは自殺行為だった。
『――橿原君。応答したまえ』
 無線が呼んでいた。ウォンRCCEだった。
「橿原です」
『今どこにいる』
「YSPの総合福祉病院です」
『一体、君はそんな所で何をやっておるんだね。今さっき紫水の保安室長からクレームが入ったよ。SPへの敵対行動を止めるよう求められている。‥‥聞いているのか』
「こちらの映像記録はリアルタイムで本社へ送っています。現在、情報テロの主犯格を追跡中」
『いい加減にしろ。TYISPの介入を招く前に手を引け。収集がつかない』
「こちらが目標を確保すれば、TYISPやそれ以外の警察機構をこちらに引きこむことができます」
『何を言っとる。系列と戦争でもしているつもりか』
「爆破作業をこれから行いますので、失礼します」
『おい‥‥』
 橿原はイヤホンを外した。チタン製の盾の陰から指示を飛ばす。
「点火しろ」
 耳を塞ぎ、口を開く。轟音と爆風。
「扉のロックが外れました」
 部下の一人が叫ぶ。通路奥から銃声。マスク着用、という声が流れ聞こえた。YSP/GPはガスで燻り出すつもりらしかった。
「扉を開けろ。手だ。手で開けるんだ」
 橿原は咳き込みながら叫んだ。刺激臭の強いガスがエレベーターホールに流れ込んでいた。部下の一人が彼の顔にガスマスクを押し当てる。
 橿原は車椅子を盾の陰から出した。エレベーターの前へ走らせながら、部下に指示を飛ばす。
「兼子!通路出口は放棄しろ。後退して、ホールを固めろ。ジェル用意。通路は塞いでしまえ。ABG(エアゾル爆弾ガス)警報に注意しろ」
 一人がランチャーを構えてゴムボールを打ち出した。ボールは壁に命中すると変形し、幕を作っていった。
 橿原がエレベーター前についた時、部下達は手で分厚い扉を押し開いていた。コンクリートがむき出しになった竪穴がそこにあった。
 この下に奴がいる。
 橿原は降下準備を命じようとしたが、エレベーターワイヤーが動いていることに気づいた。それが意味することに思い当たるまで僅かな時間しかかからなかったが、それでも遅すぎた。
 ゴンドラが彼の目前で上へ通り過ぎようとしていた。
「撃て!」橿原は叫んだ「エレベーターだ。撃て!」
 だがゴンドラは上へ上がっていった。一人の部下が慎重に半身を出して、竪穴の上下に視線を走らす。彼女は首を振った。
「くそっ」
 橿原は車椅子の肘掛けを叩いた。
「‥‥上へ行けそうか」
 力無く訊く。
「装備が足りません」
 橿原は車椅子を半回転させた。ホール出口に目をやる。通路はジェルで塞がれていたが、下の方から白く濁り始めていた。寄せ手が液体窒素で凍らせているのは明らかだった。たいていの衝撃を吸収するジェルも、凍らされると簡単に破壊できる。
 弾尽きるまで――。
 橿原は部下達の顔を見回した。皆疲れきっている。
「作戦終了だ」
 橿原は言った。

'Stream Sneaker'
Satoshi Saitou
Create : 1998.08.02
Publish: 2010.07.08
Edition: 2
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