カサハラと榊がコンテナの迷路の中へ消えていくのを水口は見送った。
何が起きているのか、榊自身把握できていないことに水口は気が付いていた。最悪ではないが、良い状況でないことも確かだった。
「水口さん、こちらへ」
森宮がうながした。水口は彼女の背中に向かって話し掛ける。
「なぜ、と訊いて構わないのでしょうか」
森宮は振り向かない。コンテナを収めたラックとラックの間に入っていく。
「なぜわたしがここにいるか、ということですか?」
「そうです。これも仕事なのですか」
「違います。そういう偽装をしてはいますが」
「仕事ではない‥‥と、言うと」
「もちろん私用、ということです。このあいだあなたに調査を依頼した時と同じように」
「しかし、あのカサハラさんも」
「そうです。少なくとも緑陽の仕事ではありません」
「一体、何をなさろうとしているのです」
『NTNが総合福祉病院を襲撃したわ』水口が身に付けている受呼フィルムが振動し、メイの声が割り込んだ。『時間がありません。モリミヤさん』
「神経質なコね」つまらなそうに森宮が言う。「でも、彼女の言う通りだわ。水口さん、事情は移動しながらかいつまんでお話します。それで、よろしいですね」
「ええ。ぜひお聞かせ願いたいです」
しかし水口は、どこまで本当のことを話してもらえるのか、疑問に思わないではいられなかった。
スチールの鋼材が組み合わされたケージの中にコンテナが積み上げられている。監視ロボットが頭上高く渡されたレールを走っていた。
水口と森宮は満足に光の届かない隙間を歩く。なんとなく黴臭い。
やがて二人はケージの間を抜けた。保守員用出入り口の扉が開いている。コンテナのサイズから比べるとあまりにも小さい。夜風が吹き込んでいた。
倉庫の外には赤いフォルテシモが停まっていた。ナトリウムランプの光が滑らかな表面で歪んで反射している。物流基地のゲートが芝生の向こうに小さく見えていた。遠くの山並みが黒い夜空の中、ぼんやりと見えていた。それは山並みではなく、もしかしたら古い住宅団地の跡なのかもしれなかった。
「乗って下さい。装備は適当にみつくろって後部シートに積んであります」
「手回しがいいですね」
「良すぎるぐらい、かしら」
森宮が振り向いて微笑む。水口は僅かにかぶりを振った。
「わたしも装備の一つなんですか」
口調に気をつけて水口は訊いた。悪意は無かった。
「だからこそ〈人材〉と言うのですよ」森宮は答えた。「もちろんわたしたちも含めて」
森宮は車の向こうにまわった。彼女が身に付けたタグに反応して施錠が外れた。水口は扉に手をかけた。ウィンドシールド越しに、真新しいパッドがシートの上に並んでいるのが見えた。
「ヘリだわ」
不意に森宮が言った。その視線を追って水口が振り向くと倉庫の上から、音もなくヘリが表れた。白い機体の腹には黒く認識番号が書きこまれている。
「保安部だわ。‥‥水口さん、〈荒っぽい〉運転てできるかしら」
「別料金ですよ」
「冗談です。あなたはナビ席に乗ってください」
ヘリのサーチライトが二人を照らした。ラウンドスピーカの声。
『森宮あやかさんですね。あなたに緑陽本社から帰社命令が出ています』
森宮の顔が強張った。
『繰り返します。帰社命令が出ています』
「水口さん」
そう言い残して森宮は車に乗りこんだ。水口は困惑してヘリを見上げてから、意を決してドアを開けた。助手席から運転席に滑り込む。
ヘリは降下して、車の頭を抑えようとしていた。
「ドアを閉めて」森宮の言葉に車が反応する。「イグニッション」
「振り回しますよ」
森宮が言う。
「馴れてます」
その答えを聞き終える前に森宮はアクセルを踏みこんでいた。ドライブ・バイ・ワイアシステムがミッションコントローラーを制御してギアをローに入れる。フォルテシモはテールを振りながらダッシュした。
水口のイヤホンにカサハラの声。
『ヘリを振り切ろうとしないように』
「外回りでさぼったことがバレたのかしら」
と、森宮。なぜいつもそう呑気なのかと水口はいらだつ。それが生え抜きの資質なのだと解ってはいたが。ヘリの姿がバックミラーから消える。直上にいる。
『旧人内で勘付いた者が出始めている。あまり猶予は無い』
「誰かは解っているの?」
水口のイヤホンが突然沈黙した。意図的に遮断されたということが、森宮が受け答えを続けることから解る。
「所詮はハウス育ちということかしらね」
車は緑地を横切り、バウンドしながらゲート前のエプロンへ飛び出す。物流基地のバリケードめいたゲートは見かけによらず滑らかに開いていた。森宮が大きくハンドルを切るとアクティブストラップが遠心力に抗って車体を支える。アクティブストラップの制御はドライブ・バイ・ワイアから切り離されていた。データラインはあるが、それは動作状態を伝達するものであり、外部から制御するためのものではない。ドライバーを中心とした制御系を包み込むように、無数の独立した制御機構がネットワークを構成している。
『森宮さん。応答を願います』
社内のスピーカーから聞き慣れない声が流れた。
「わたしよ」
フォルテシモはゲートを抜けた。速度を落とさず右折で車道に入る。
『どちらへ向かわれます』
「YSP。帰らなければならないわ」
『先導しましょうか。この辺りは治安が良くありません』
「結構よ。それならもっと高度を取って保安情報を流して欲しいわ」
『おっしゃる通りですね。では我々は高空で待機します』
「お願いするわ」
森宮は左手を喉元にやった。
「体のいい監視よ。あれはね」
「‥‥それで、わたしは何をするんです」
「一時的にNTNをダウンさせて欲しいの」
森宮はちらりと水口を見た。
「できますよね」
「‥‥潰すわけではないのですよね」
森宮は頷く。
「潰してしまってはダメです」
それに、そうするだけの技量も政治力も無い。水口は思った。そして後部シートを振り返り、彼女はパッドを取った。