ストリーム・スニーカー
12. Assault I

 YSP/GPの人員輸送ヘリ2機がYSPのスカイラインをかすめるように飛ぶ。航行灯はつけていたが、ローター音は消していた。
 パイロットを含め、ヘリは12人乗りだった。全員が各社から派遣されたYSP警察機構の職員で、パイロットを除きYSP/IPに所属している。抗弾スーツと抗弾マスクに身を包み、口径の大きなインパクト・ライフルを装備した姿は見る者に威圧感を与えるが、実際には銃に装填された弾倉にはジェリー弾がこめられている。ターゲットに命中した瞬間に変形するジェリー弾が人体を貫通することは決してなく、打撃を与えると同時に粘性の高いジェリーがターゲットをくるみ込んでしまう。彼らの目的は標的の排除ではなく、確保することにあった。
 彼らは二人一組で行動し、そのペアが5つで一つの小隊を構成する。先行するヘリの小隊長は操縦席の後ろからパイロットの頭越しに目標のビルを見ていた。右手にはまばゆい光を放つYSP市街の向こうに、横浜湾をゆっくりと行き交う船舶の灯りが見えていた。
 彼は切り離されていた。現在ヘリはXHFを使った極狭い帯域の暗号通信ラインで情報指揮所と専用回線が結ばれているだけだった。この状態では、彼が日常使っているデータフローを保つことは不可能だった。彼は自分自身から切り離されていた。
 目的のビルには地上からも捜査員が投入される手筈になっていた。輸送車へは彼が乗るヘリが中継点となってデータリンクが確立されている。今回の作戦でNTN回線は全く使われていない。
 彼の中を指揮通信が流れる。
『――こちら地上班。地上開口部の封鎖体制整いました』
『こちらHQ(情報指揮所)。屋上制圧を待て』
 小隊長はパイロットに手で急ぐように指示した。パイロットは頷く。
「ホソダさん。後、5分です」
 パイロットの言葉は耳にだけ聞こえた。

「――なぜ、Y・BaySに侵入したのか、教えて欲しいわ。ただの腕試しではないのでしょう」
 水口はコンソールに語り掛けた。その言葉は表記化され、所在不明の侵入者へメッセージとして送付される。水口はそのメッセージが伝送される経路を追跡しようとするが、メッセージを分割して伝送データ化されたデータセルの集合が途中で複数の伝送路へと分散してしまい、把握することができない。
『もちろん。もう腕試しで喜ぶような歳ではないですし』
 水口は会話を引き伸ばして何とか相手の所在を掴もうとしていた。これは遊びではない。仕事なのだ。
『――あなたにはまだ理解できないでしょうが、これは自己防衛のためなんです』
「Y・BayS社はストリーム・モール空間をYSP外に提供しているだけの企業だわ。そりゃ、叩けば埃が出るかもしれないけれど」
『Y・BaySの法人としての活動は、確かに』
「ずいぶん思わせぶりな言い方をするのね」
 複数の伝送路に分散したデータセルの流れは、やはり最終的には総合福祉病院へと収斂していく。総合福祉病院のゲートウェイ付近のデータフローはキャパシティの限界にまで増大していた。ただし病院内部のネットワークは静かなもので、膨大なデータは例の〈ネットワークの穴〉へと吸い込まれているようだった。
『あなたもデータリサーチャーなら知っているでしょう。Y・BaySはNTNが80%の資本出資している、いわばNTNの子会社です。経営陣や技術者も大半がNTNから移籍している――』
「それが‥‥」
『NTNが自分の管理する通信ネットワークを勝手に使用することを好ましく思っていないことは、よくご存知のはずだ。特にあなたなら。――水口裕子さん』
 水口は絶句した。
『あなたが請け負われた仕事は実際にはNTNからの委託だと、わたしは考えています』
「あなたは、YSP/IPの人間なの」
『いいえ。しかし、とりあえず説明に使える時間は終わったようです』
「待って‥‥」
 部屋の照明と端末の電源が落ちた。

 ビル自体の通信ネットワークを利用することはできなかった。YSP/IPはビル管理システムを一時的に乗っ取っていたが、通信ラインは管理システムから独立していた。それはNTNの管轄だった。
 彼らが制圧目標としているY・BayS社は22階建てのビルのうち、17階から20階までのフロアを使用していた。
 地上班はエレベーター全てを占有して17階へ向かうと共に、非常階段を含めた全ての階段を使って、1階1階を地道に抑えていった。階段は一種の吹き抜けであり、捜査員専用の独自通信路を確保するため、要所要所に中継機が設置された。
 屋上にヘリボーンされた隊も階段を使って20階を目指していた。彼らはまず第一に逃走経路を塞ぐことを目的としていた。そしてまた、20階にはY・BayS社のモールを格納するストレージ装置をはじめとする物理器材が集約されていた。これら器材は重要証拠であり、Y・BayS社による証拠隠滅を防ぐことも目的だった。
 20階のフロアへと通じる扉の前にホソダはたどり着いた。他には彼を援護するペア隊員と、もう一組のペアユニットがいるだけだった。残りのペアユニットは別の階段を降りてきているはずだった。もう一つの小隊は、後詰めとして屋上と通信路の確保を担当していた。
「こちら03。全ユニット、現状報告」
 ホソダは囁いた。その振動を顎に貼り付けたマイクが拾う。煩わしいやり方だが他に手段は無かった。わずかな間を置いて、全ユニットがフロアへの突入準備が整ったことを報告した。
「HQ、03。突入準備完了」
『03、HQ。消火システム無効化。ただし、マスク着用。ボンベの確認を。指示待て』
「HQ、03。了解」
 ホソダは部下に耐ガスマスク着用とエアレギュレータ接続を命じた。20階の消火設備にはハロンガスと炭酸ガスが使用されており、悪用されれば致命的だった。
『こちらHQ。突入。突入』
 ホソダは部下に突入を指示した。扉の鍵は管理システムを経由して解除されていた。内開きの扉を押し開き、腰をかがめて内部へ侵入する。フロアの図面は頭に入っていた。
 ホソダは細長い通路の奥にいた。右側は一面白い壁で、左側には全面アクリルガラス張りの透明な壁の向こうに大型ストレージ装置が並んでいた。まずはこれらストレージ装置を物理的に確保することが目的だった。
 物音を聞きつけたのか、機械室から男が出てきた。ホソダは男の足首を狙ってためらわず発砲した。男の脚に命中した時、ジェリー弾は大きく変形し、その時発生した熱で液状化した。脚をからめとるように変形した後、ジェリーはようやく運動エネルギーを失い個化する。男は両足首を数発のジェリー弾で束縛され、転倒した。その時すでにホソダはストレージルームの入り口に達しており、閉まりかけた自動扉をジェリー弾で固定した。そのままペア隊員と共に内部に人が残っていないかどうかの確認作業に入った。もう一つのペアユニットは床に転倒した男の両手手首をイージーストラップで拘束すると通路の先へと進んだ。
 ホソダと部下一人は二手に分かれ、ストレージ室を手早く探索した。天井まで届くストレージ装置の陰で機器操作をしている男をホソダは見つけ、素早くジェリー弾を浴びせた。ストレージ室に残っていたのはその男一人だけだった。
 無線が入る。
『032より03。20-02確保。制圧3』
『033より03。20-03確保。制圧0』
 ホソダの隊は5分足らずで20階を制圧していた。後詰めの隊に引継ぎをし、ホソダは自分の隊を階下へ向わせた。

'Stream Sneaker'
Satoshi Saitou
Create : 1998.08.02
Publish: 2010.07.08
Edition: 2
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