銃撃は続いていた。
YSP/GPのヘリが数機、針路を塞ぐように舞う。榊達の乗ったヘリは激しい機動を繰り返して追撃をしのぎつつ、封鎖線を突破しようとしていた。高度は市街のスカイライン間近まで下がり、明滅する衝突防止灯をなんどもかすめていた。
目的としている総合福祉病院は目と鼻の先にあった。
カサハラが何事か叫ぶ。榊は訊き返した。
「強行着陸します」榊の耳元でカサハラは叫んだ。「シートに身体を押しつけていて下さい」
榊は慌ててシートに寄りかかり、足を前の壁に押し当てた。総合福祉病院の周辺にはヘリがまともに着陸できるスペースなど無い。見えるのは雑木林の梢だけ。それでもなお強硬着陸しようとするのであれば、何が起こるのかは容易に想像がつく。
YSP/GPのヘリが右から左へスライドしていった。そのテールフィンに火花が散る。右へ反転しようとしたが、遅かった。ヘリのテールはくだけ散り、機体は回転をはじめた。そのまま高度を落としていき、榊の視界から消える。代わりに左上方から曳光弾の軌跡が数条、下に向かって伸びて行く。
榊はぞっとした。YSP/GPが街に向かって撃ち降ろしている。榊は風の吹き込む窓枠に顔を寄せた。街を見下ろすつもりだった。
しかし、撃たれる音と共に機体が激しく揺れ、榊はシートの中で振り回された。右肩を真っ赤に染めたカサハラがちらりと目に入ったが、彼に構ってはいられなかった。
突然窓から枝葉がとびこんだ。シートベルトが腹に食い込む。榊は身を二つに折って前に倒れた。直後に反動で上体が引き起こされ、後頭部をシートに打ちつける。
「くそっ!」
榊はうめく。ヘリは雑木林に不時着したようだった。キャビンが揺れながら徐々にずり落ちているような感覚があった。榊は首筋の鈍痛を意識しながらシートベルトをはずした。隣のカサハラを見ると、左手だけでベルトと格闘している。右手はだらりと垂らしている。
榊は彼がシートベルトをはずすのを手伝おうとした。しかし、カサハラは榊の手をおしとどめた。
「パイロットを見てやって下さい」
その言葉に促され、榊は不安定なキャビンに身をかがめて立ち上がった。木の枝で充満しているコクピットを覗く。パイロットの姿はシートの中にあった。榊は彼の肩を掴み、そしてひっこめた。手には粘つく感覚が残っていた。血糊だった。パイロットの頭が力無く揺れる。暗がりの中でもその頭部がいびつにゆがんているのが解った。
「パイロットは死んだよ」
キャビンに戻り榊は言った。手には血糊が残り、その感触に榊は吐きそうになったが、それをこらえた。キャビンが再び大きく沈んだ。
「ここは出た方がいいな」
「そうですね‥‥そうしましょう」
カサハラの口調がしっかりしているので榊はほっとした。
「榊さん。シートを外してください」
「ロープでもあるのか」
「ハンドガンとそのマガジンが」
「俺は‥‥リサーチャーだ」
「今はNTNと系列の紳士協定が消滅しています。自分の身は自分で守ってください」
「そしてそのままYSPの外にでも逃げるか」
間髪を入れずにカサハラは答える。
「YSP/GPもNTNもこのヘリを監視している。逃げることはできません。しかし、協力していただければ」
「YSP側はクリアできる。バーターか」
「もちろん報酬も、オミュニビークがお支払いします」
「オミュニビークか。それが‥‥」キャビンが再び沈んだ。枝の折れる音が響く。「それが、病院にいるんだな」
「その一部が」
頭上をヘリの飛行音が通りぬけていった。その後を追うように銃撃の音も。公然と市街戦が繰り広げられている。
「生え抜きの秘密を知って、生きていられるという保証は」
「今さら、そんなことを‥‥。口頭で保証を与えて、それが信用できますか?」
榊は苦笑した。しかし、どちらにしろ選択の余地は無いのだ。
「いや、できない。‥‥だが、つきあうよ」
「ネットワークが復活したら、契約書は後送します」
榊は答えなかった。カサハラの側の扉を開ける。
「シートを」
カサハラにうながされ、榊はさっきまで自分が座っていたシートを持ち上げた。その時、再びキャビンが沈み‥‥今度は沈みつづけた。地面まで落下する。榊は身体を丸めた体勢のままキャビンのあちこちにぶつかった。
「くそっ」
毒づきながら榊は立ち上がった。身体の節々が痛んだ。
「まだ動けるのが信じられない」
シートの下から銃とマガジンのパッケージを取り出した。
「治療費は必要経費に‥‥」
カサハラの声が途切れた。榊は急いで彼の首筋に手を当てた。脈はある。
「‥‥済みません」カサハラは意識を取り戻したようだった。「出血が」
「病院なら目の前だ。運がいい」
榊はカサハラに肩を貸し、立ち上がらせた。
「大丈夫か」
うめき声が返ってきた。暗がりで怪我の状況が解らず、榊には判断のしようがない。なんとかキャビンから降りる。足元に草むらの感触があった。
「病院は」
「‥‥明るい方です」
榊は周囲を見渡し、木々の間が僅かに明るくなっている方向を確かめた。ゆるやかな斜面を登る方向から、ぼんやりとした明かりが差しこんでいる。榊とカサハラは苦痛に耐えながら、斜面を登っていった。頭上からは相変わらずヘリの飛行音が聞こえている。
榊はカサハラの荒い息が気になっていた。彼に死なれては困る。カサハラは今、あらゆる意味でキーを握っている。オミュニビークとの接触、現在の状況からの政治的な意味での脱出、そして、このとんでもない騒ぎについての支払。カサハラはその体重の殆どを榊に預けているようだった。
やがて二人は雑木林が終わる場所に出た。そこは道路に面した所で、病院の門までは20メートルほども無かった。門扉そのものは爆破されたらしかった。隣接する塀が大きく崩れ、その縁が黒くすすけていた。また、門からの出口を守るように数台の車が停まっていたが、乗員の姿はなかった。良くみれば、それらの車は上空からの銃撃を受けたらしく、穴だらけになっていることが解った。
「早く病院の敷地に‥‥」
カサハラがかすれた声で呟く。もはや虫の息だということが榊には解った。
「しゃべるな。手当てするまで待つんだ」
「早く、NARSに」
背後からヘリの飛行音が近づいていた。榊は足を速めた。
『動くな』
ラウンドスピーカーの声。榊は止まらなかった。
『動くな。動けば射殺する』
榊は肩越しに振り返った。強いサーチライトの光が彼の眼を射た。左手に持つハンドガンが強く意識される。しかし、ハンドガンで、しかも利き腕でもない手でどうにかなると思ってはいなかった。
『銃を置け‥‥』
ヘリの横腹から炎が噴き出した。続いて爆発する。ヘリは焔の塊となって、雑木林に落下していった。その煙をかきまぜるようにNTNのヘリが横切っていく。
榊は前に向き直ると、カサハラをひきずって門へ急いだ。バリケードらしき車の残骸に近づくと、その陰には死体が幾つも転がっているのが見えた。死体が幾つあるのか、榊には数えることができなかった。腕がちぎれ、頭が半分無くなり、下半身が染みに変ってしまったような死体を直視することができなかった。
『彼は死んだ。置いていきなさい』
カサハラの声が耳に響いた。榊は左手でカサハラの身体を支えると、右手を耳元にやった。
『〈わたし〉は死んでいるよ』その声は紛れも無くカサハラのものだった。『貴方がそれをかついで歩く必要は無い。そこに捨てて行くんだ』
「カサハラなのか」
榊は自分が肩を貸しているカサハラの顔を見た。彼は眼を見開いて、口を半開きにしたまま力無くうつむいていた。
『そう、わたしだ。死んでいる。その身体は、そこに捨てて行くんだ。貴方の命取りになる』
「誰なんです」
『カサハラだ。この声に聞き覚えは無いとでも』
「じゃあ、この男は誰なんです」
『言うまでもない』カサハラの声が答える。『わたしだ』