ストリーム・スニーカー
19. Warm Front

 空は僅かに灰色がかっていた。丘の向こうははっきりと明るく、直線的な稜線をシルエットとして浮かび上がらせている。東の空をヘリのものらしき赤い航行灯が明滅を繰り返しながら北へと横切る。遠くから微かにサイレンの音が聞こえていた。
 山谷への坂の入口に停まっていたバンの屋根が開き、子供ほどの大きさしかない偵察ドローンが浮かび上がった。ローターを持つ蚕の繭に似たドローンには複合センサが備わっており、収集されたデータはレーザーリンク経由でリアルタイムにバンへと送られた。
 ドローンは中波から近紫外線までの広域スペクトルに対応するパッシブセンサを備えていた。ドローンは丘の斜面を木々の梢をかすめるように上がっていく。その行く先には総合福祉病院の設備がある。昼間に吸収した熱をまだ放出しきっていない建屋は赤外線の領域で明るかった。警備システムの一部であるドップラーレーダーが定期的に明るく輝いた。そのマイクロ波はドローンを確実に照らし出していたが、ドローンの素材と形状、そしてアプローチコースのために、ドップラーレーダーは雑木林と分離して捉えることができないでいた。警備目的の装置では、その精度にもおのずと限界があった。

 木更津の沖ドックから離れたインデペンデント系海運会社所有の無人コンテナ船「おけあのすⅣ」が横浜港へ向かって西進していた。MSPにある東京湾交通管制局には食料ペレットコンテナを積載しているという申請がなされていた。本牧POBに隣接する無人レーダーサイトがその航跡をトレースしていた。
 その航路に不審な点はなかった。木更津と横浜を結ぶ標準的な航路。かつて、まだ東京が中心であった時代には、南北に行き来する船舶は多かった。しかし今、横浜-木更津ラインより北上する船は少ない。木更津-君津の港湾施設群とその周辺の補給体制が拡充した結果、遠洋航路を取る船舶がわざわざ湾の奥深くまで入り込む必要はなくなっていた。「おけあのすⅣ」は50分程で湾を横断し、横浜港沖合い5kmまで接近していた。もちろん本牧レーダーサイトはその動きをトレースし、近辺を航行中の船舶情報とマージして船舶交通情報を配信していた。
「おけあのすⅣ」が横浜港の管制海域に入る寸前、本牧レーダーサイトは船影から細かい反射波が散るのを検知した。それは、船体の一部が分散していくようにも受け取れた。しかし、無人のレーダーサイトはそのような解釈はせず、既存のフィルタリングプログラムがその細かい輝点を波頭として消去するがままにまかせた。もちろんその細かい点に関する情報が配信されることはなかった。幕張の東京湾港痛管制局もそれを知ることは無かった。

「おけあのすⅣ」から離床した黒塗りのヘリの列は海面すれすれに南に向かうと、港の南側をかすめるように西へと向きを転じた。音はなく、姿は見えず、ただ航跡が残った。
 単座の強行偵察ヘリを先頭に、10人乗りの多目的ヘリが7機連なる。水素燃料生産プラントの間を縫い、磯子の燃料備蓄基地を目前にして高度を上げた。掘割川の河口から内陸に侵入する。
 彼らの動きは戸塚のレーダーサイトや本牧POBからは死角に入っていた。掘割川を横切った時、YSP航空管制局はその動きに気が付いたがすでに遅すぎた。ヘリの群れは塚越のYSP総合福祉病院をまっすぐに目指していた。距離にして2km足らず。到達まで1分とかからない。

 それはスコールの到来と似ていた。まず総合福祉病院の西斜面で大音響を伴う爆発があった。同時に広帯域にわたる電磁バーストが発生し、警備センサ類が一時的にフェイルした。警備センサはすぐさまリカバリ動作を行ったが、回復するまでに僅かな時間がかかった。
 海から襲来したヘリの群れはその僅かな間を縫って病院の敷地に侵入した。病院は東棟と西棟に別れていたが、ヘリの乗員は着地するなり2つの棟の間に侵入した。乗員達は散開するなり、目についた監視装置を銃撃して破壊していった。彼らの手口は粗雑だった。
 侵入と同時に閉じ始めていた病棟のシャッターを高性能指向性爆薬で破壊し、彼らは病院に押し入った。病院の警備員はゴムスタン弾の銃撃を浴びて建屋の開口部から後退を余儀なくされた。
 敷地の外でも動きがあった。病院前の道路に停まっていた車がその向きを変え、道を塞いだ。ワゴンの乗員は携帯型の地対空ミサイルを肩にかつぎ、ワゴンの陰に潜んだ。また、複数のドローンが放出され、病院周辺に散開した。ドローンは複合センサによる周辺監視を開始し、その情報が敷地に着地したヘリへ送信された。

 YSP/GPは通信回線が遮断される寸前に通知された非常警報を受けていたが、同時にNTNから情報犯罪に関するYSP総合福祉病院に対する強制捜査を通告されていた。本牧POBは病院で発生した事態に即応する機会を失った。その通告には犯罪を示す証拠も添付されており、まずその事実確認を行わなければならなかった。
 確認せずに、実力でNTN保安部を排除しようとすれば、YSP内で市街戦を引き起こしかねなかった。まず事実確認を行い、その上でNTNと折衝を持つ必要があった。
 総合福祉病院がNTN保安部に制圧されるまで、それほど時間はかからなかった。

'Stream Sneaker'
Satoshi Saitou
Create : 1998.08.02
Publish: 2010.07.08
Edition: 2
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