ストリーム・スニーカー
24. Response

 各地区交換機が輻輳を起こし、通信網全体のスループットが低下し始めた時、NTN保安部部長の橿原は戸塚から幕張へ向かうヘリの中にいた。彼はその報告を舞岡のNTN中央研究所からのXHFバースト通信で受け取った。NTNが管理する交換機は輻輳が発生した時、一般加入回線の発呼要求を拒絶して消防・保安関係の回線が塞がれないようにするが、今起きている現象は今まで想定していたものとは違っているようだった。
 橿原は部下にパッドクラスタセットを取ってこさせ、それを自分の車椅子に取り付けた。特注の車椅子だった。電気モーターを持ち、生電子インターフェースを介して橿原の意のままに動く。
「ヘリを中研に戻せ。回線は生きているんだな」
「生きてます」
 橿原は保安部コードを使い、NTN横浜支局との間で優先的に回線を確保させる。橿原は眉をひそめた。セッションはスムーズに張れているが、見かけの帯域が異常に狭かった。時間当たりに流れるデータセルの個数が平常時の1パーセントに満たない。低品質の音声通話がかろうじて成立する程度のスループットだった。
「幕張の橿原だ。曽根君を」
『部長、曽根です。報告は届きましたか』
「だからコールしたんだ。あれだけじゃわからん。具体的に何が起きたのか、そっちじゃ掴んでいるのか」
『交換機の処理能力が低下しているようです』相手は答えた。『呼数は平時と変りません。ただ、交換機側の通信経路制御がうまくいっていないようです』
「ルーティングがか?」
『そうです。このセッションでも、データセルの一部がロストしてます』
「YSPだけか」
『‥‥違うようです。輻輳警報は全国レベルで出ています。ロストセルが網内を迷走しているのが原因でスループットは低下し続けているようです。統計情報サービスからの配信も遅延していて、正確には掴めていません』
「ルーティングがおかしいんだな」
『そのようです』
 まさか、と橿原は思った。とうとうやりやがった。
 橿原は大声になりそうになるのを抑えつつ、パッドを通じて命じた。
「曽根、YSPのどれでもいい、適当な交換機のルーティングセットを点検しろ。それから、榊の居場所を確認させろ」
『解りました。管理と連携します。それから榊の方は1時間前、本牧POBで緑陽と思われるヘリから降りるところを確認されています。YSP/IPに確保された共同経営者を引き取りに行ったのでしょう』
「それは知ってる。今は」
「そのヘリは北にある緑陽物流基地へ向かい、今はまたYSPに戻りつつあります。緑陽保安部のヘリと途中接触した模様」
「榊が同乗していることは?」
「未確認」
「確認させろ」
 答えが戻るまで、僅かな間があった。
「現在YSP近傍はYSP/GPが制圧していて、こちらのヘリはノーマルもイリーガルも使えません」
「ウォンRCCE(地域統括最高責任者)にはこちらから話す。私の名前を使っていい。イリーガルでそのヘリに接触しろ。榊の身柄確保が最優先だ」
 結局、奴のことは買いかぶりすぎていたということか。橿原は苛立ちを抑えながら思った。所詮フリーランスは金次第。積極的に取り込まなかったこちらにも落ち度が無いわけではないが‥‥。
 橿原は光る蜘蛛の巣にも似た市街地の明かりを沈痛な面持ちで眺めた。
 キーは当然系列に渡ったと見なすべきだろう。
 橿原の表情がさらに曇る。それは最悪の事態だった。

 カサハラが二言三言囁いた。その表情が緊張するのを榊は初めて見た。
「所属不明機からレーダー照射を受けています」
「NTNか」
「おそらくは」
 ヘリは下降する。そろそろ三ッ沢を通り抜けようとしている。YSPは目と鼻の先にあった。本牧や伊勢崎町を中心とした光のウェブが都市核周辺へスプロールしている。蜘蛛の巣へ飛び込むようだと榊は思った。
「緑陽の保安部も、YSP/GPも、TYISPも呼べない、と」
「その通りです」カサハラは気ぜわしくキャビンの外に目をやる。「その理由は、もう御分かりなのではありませんか」
「よしてくれ。パッドも何も持たないデータリサーチャーに何が解る」
 カサハラは榊を見つめた。榊はショックを受けた。彼は思いつめた表情をしていた。
「我々は、自分達に架せられた制約を解除したい。ただ、それだけです」
「そこに、なぜ、メイが絡む」
 ヘリは大きく揺れた。
「我々ハウス育ち――あなた方が言う、〈生え抜き〉というのは、どの系列にあっても同じように想うところがあった、ということです。我々のベースとなる部分は殆どあなた方と変りません。インプラントや心理矯正などでアレンジされてはいますが」
 メイが自分を失敗作だと言っていたことを榊は思い出した。刷り込みがうまくいかなった〈生え抜き〉。
「自分達の刷り込みを解除したい、ということなのか」
 カサハラは頷いた。
「そういったところです。ただ、刷り込みというよりは――そう、やはり制約と言った方が適切です。社の経営陣は我々に制約をかけています。将来にわたる生活を保証する代わりに、社の配属意向に逆らわないこと」
「未来はあるが可能性は無い、とメイは言っていたよ」
「あなたがた外部の人は、未来は不定でも可能性がある。それが彼女には羨ましかった」
 カサハラが微笑む。榊にはその表情が本心から来ているもののように見えた。
「不思議だな。今のあなたはさっきまでとまるで様子が違う」
「ネットワークがダウンして、わたしは〈わたし〉から切り離されているからでしょう」
「ネットワークが?」
「あなたのパートナーがやり遂げたようですね」
 キャビンの壁を何かが連打した。榊にはそれが銃撃であることがすぐに解った。
「一応防弾処理をしてありますが」
 カサハラの声に不安がにじんでいた。榊は苦笑した。こんな時にだけ人間臭くなるのはやめてくれ。
 キャビンに再び連打される音が響いた。

'Stream Sneaker'
Satoshi Saitou
Create : 1998.08.02
Publish: 2010.07.08
Edition: 2
Copyright (c) 1998-2010 Satoshi Saitou. All rights reserved.