ヘリの発着場が近づく。水銀灯が眩しい。水口という女は緊張のためか能面のような表情で窓の外を凝視し続けていた。数分で基地に着陸する。わたしはヘリのタラップに足をかけた。
「水口はY・BayS社の依頼を受けていた‥‥」
榊がつぶやく。わたしは彼に早くヘリに乗るようにうながした。
「Y・BaySはNTNの関連子会社のようなものだ。そこにYSP/IPがガサいれしたわけだ」
「水口さんはそろそろ基地に送り届けられる頃です」わたしは言葉に注意しながら応えた。「大雑把な背景についてはわたしが説明できます。とにかく乗って下さい」
「概要はいい。詳細を報告してもらえないかな」
杉山セキュリティ統括部長がいらだたしげに口をはさんだ。単なる伝令程度の意識しか持っていなかったらしい〈ノーマル〉な若い社員は途端にしどろもどろになる。テーブルの向こうでわたしが立ち上がった。これは好機だった。「杉山部長、この件に関してはYSP警察機構も慎重になっており、オフィシャルレポ以外のものは出ていません」
「生え抜きは流石に早耳だな」
榊がヘリに乗り込んだ。
「要点は、Y・BaySを起点とした総合病院セキュリティへのイリーガルアクセスが発生したということ。そしてYSP/IPが現行犯の現場を急襲、実行犯の身柄を確保したということです」
ヘリが着陸した。部下が扉を開ける。わたしは念の為と水口に釘をさした。
「手錠はしない。行動抑制剤も打たない。しかし抵抗するな。逃げるな。膝を撃ちぬかれる」
「無駄なことは嫌いなのよ」
震える声で彼女は答えた。微笑んでみせようとしているが、うまくいってはいない。こうしたことは初めてなのだろう。確かに記録は無い。
「なら、いい。‥‥降りろ」
榊が扉を閉めた。わたしはインカムを通してヘリパイに離陸を指示する。
「本牧POB(警察機構基地)へ」
「Y・BaySか‥‥。あれは昔からシャクの種だったな」
会議出席者の誰かがつぶやいた。
「NTNは知っているんだろうな」
「当然だろう。GHのセキュリティに手を出した後ろにはNTNがいるんじゃないか。おい、なぁ」
わたしは会議室の空気が張り詰めるのを感じながら榊に状況を説明した。
「‥‥水口さんと総合福祉病院内部のシステム管理者との間でメッセージが交わされているところをYSP/IPは急襲しました。通報は病院側からあり、YSP/IPはそれに従ったわけです」
「メッセージだって? 典型的な手口じゃないか」
榊がうめくように言う。彼が浮かべた困惑の表情を見ながら、水口の後ろ姿を追った。彼女はコンクリートの発着場を震えながら、しかし顔をあげたまま歩く。5メートル程先には護送車が扉を開けて待機し、遠距離からの狙撃を警戒して、大型のヘリが近くでホバリングしていた。ヘリそのものも狙撃を防ぐ目的があるが、そのローターブレードが作り出す強い気流も弾道をそらす効果があった。
硬い水銀灯の光が場内にある様々な物の影を作り出していた。光と影が錯綜する中を水口は歩いていった。会議の出席者から声が上がる。
「‥‥それで、その、実行犯は」
「現在、本牧POBでしょう」
わたしは護送車に乗り込む水口を見ながら答えた。
「口を割らせろ」
「実行犯の身許がまだ不明です。フリーランスを雇った可能性が高いでしょう。もしそうであれば情報を引き出すのは難しいかもしれません」
「切り捨て御免のフリーランスか」
「契約の内容は‥‥聞き出せんかな」
「Y・BaysがYSPとの借地契約に違反しているのは明白だ。そこをつつけばY・BaySは押え込める‥‥」
ヘリは本牧埠頭のYSP警察機構基地に近づいた。ヘリパイが基地管制とネゴを交わす。
「行ってすぐに水口を引き渡してくれるんですか」
「YSP警察機構の実体は何だとお思いなんです」
榊は苦笑した。
「時々、ここに関る出来事が何もかも茶番に見えることがあるよ」
「行政、という言葉を使うこと自体シミュレーション、偽装でしかありませんから」
「生え抜きがそんなことを言っていいんですか」
わたしは答えなかった。
「調書の担当は。いや、本件の統括担当は」
「本件の作戦立案・指揮担当はクメハラ。紫水社員養成機関出身。調書の担当はまだ知らされておりません」
「そちらも〈生え抜き〉にあたらせよう。ノーマルの経験者とペアがいいだろう」
「葛貫さん、我々はそこまで勝手はできんよ」
「紫水、蒼山のPO担当部署と連絡とれんかね。この件については向こうも敏感になっているだろう」
「それについてなら、例のプローブのことで連絡会を持てないかと、何人かと話していたところだ」
「ちょうどいいじゃないか。ここらでNTNに釘をさしておかんとね」
「それも太いやつをな」
流れは決定的なものになっていた。コンセンサスが醸成されつつあった。この会議を隠れ蓑にしなければならない、とわたしは考えていた。当然、隠れ蓑たりうる結論が生まれなければならない。
小型のコミュータヘリが接近していた。基地のサーチライトが緑陽のマークを照らしている。榊は窓から下を覗き込んでいた。
「大丈夫。彼女に危害を加えたりはしません」
わたしは声をかけた。榊は目だけを動かしてこちらを見やった。
「そちらの言葉を信用するしかないですね。‥‥ところで、何を相手にしているんです」
わたしは微笑んだまま答えなかった。まだ答える必要は無かった。
「NTN、ではありませんね。YSP?」
わたしは答えなかった。
先ほどまで水口への狙撃を警戒していた大型ヘリが、今度はコミュータヘリをエスコートするように機動していた。
「重役会に勧告を」わたしの上司が言う。「紫水、蒼山と連携を取る必要がある。POだけに一任しておくわけにもいかん。相手が相手だ」
「異議なし」
「バックエンドが分裂していては現場がもたんからな」
決まった。申し分の無い流れだった。少なくとも今のところは。
わたしは目を閉じた。
ヘリの窓から差し込む水銀灯の光がキャビンを照らしていた。