233TSW(戦術航宙戦闘団)の戦闘母機は超空間カタパルトに収まり、他TSFと同様出撃に備えていた。母機――FC-21・フレイアは戦術戦闘攻撃機F/A-4・ヴァルキリーを4機マウントしている。戦場を飛ぶ侍女を控えさせる女神は、そのタカの羽を広げようとしていた。――もっとも、冷たいセラミックとチタンフレームの機体が持つ羽は、巨大な推進剤タンクと比推力600秒の強力なロケットモーターなのだが。
ヘッドセットから声が流れている。
『状況を説明する。各自MHUD(マルチファンクション・ヘッドアップディスプレイ)に注目』
榊の前のバブルキャノピーにグラフィックが投影された。
『48時間前にアウターカイパーゾーン・蛇遣い座セクターで検出された重力波の発生源が特定された。発生源までは太陽系ハーローから10光日。外縁警備団が超空間チャンネルで当該空域に散布した偵察衛星からの情報が入手できた。これから見せる画像は開口合成レーダーによるものだ』
粗いモノクロの画像が浮かぶ。それは円筒を幾つか組み合わせたような形をしていた。細部がはっきりしない。
『我々はこれを〈チャンバー〉と命名した。情報部はこれを昨年撃退した〈ジャム〉による瞬間転送装置と断定した。また、特徴あるガンマ線バーストが時折観測されていることから反物質を蓄積している可能性が高い。情報部は反ニュートリウム塊とニュートリウム塊を地球のコアに転送する可能性があるとしている。諸君らも知っての通り、この二つの物質をコアに打ち込まれた場合、対消滅反応時の圧力によって地球は吹き飛ばされることになる』
画像が乱れた。
『予測されたとはいえ、好ましい状況ではない。そこで我々は〈予防戦争〉を実施することにする。作戦は2フェーズに別れる。すなわち、1・〈チャンバー〉に奇襲をかけ、これを破壊。2・〈チャンバー〉よりさらに145光日遠方に観測されていた〈ジャム〉の前哨惑星を破壊する。作戦名は〈フォートレスダウン〉。諸君らの健闘を祈る。以上』
キャノピーに投影されていたグラフィックが消えた。ハーネスが頭上から降りてきて榊の身体を固定する。
『ライフモニタリングシステム、コネクト』
左下にあるディスプレイに8本の線が表れた。それはEGIと脈拍のようだった。
『大尉、こちらブラボー。ポゴです。各機準備完了。リーの機体はキックモーターの調子が悪いようです』
『そんなことないよ』女の声が割り込む。『大尉、233TSF全4機、スタンバッてます』
『大尉、操縦系のチェック完了。すぐにでもトップスピードを出せます』
榊は黙っていた。
『大尉、バーガーディッシュです。インターカムの故障ですか? 応答してください』
「‥‥聞こえてる」
『B-1より全機へ』また別の声が割り込む。『転送に備えよ。繰り返す。転送に備えよ』
次の瞬間、コクピットは激しく振動した。キャノピーの全面が白く輝く。その輝きは数秒で消えた。
『ジャマー前方投射。全機、加速に備えよ』
榊の前には無数の瞬かない星が遠く張り付く空間が広がっていた。横に目をやると鋭角なディテールを持つシルエットが幾つも並んでいた。良く見れば、前方にも星の海を背景に何かがシルエットとなって浮かんでいた。
『高輝度照明弾前方展開と同期し全ウイング突入せよ。カウント3‥‥』
榊は前方の巨大なシルエットに目を凝らす。
『2‥‥1‥‥GO』
前方の闇の中で無数の星が光った。それは空間転移で散布された照明弾の雲だった。しかし榊にはそのことを知らず、そして意識する間もなかった。コクピットは激しく揺れた。
『34-45にボギー。221、222、223、224迎撃せよ‥‥』
『HJC(高速ジャマーキャリアー)全弾射出‥‥』
『全FCへ。子機放出タイミングは個別に判断せよ‥‥』
左下で閃光が走った。
『249沈黙‥‥』
『こちら443、エンゲージ‥‥』
『320-89で重力波発生。敵機出現に警戒‥‥』
前方に照明弾の雲に照らし出された〈チャンバー〉があった。その〈チャンバー〉へ向かって対電子ジャマーを散布しながら無数のHJCが飛翔する。HJCの後方には〈ジャマー回廊〉が形成されていた。〈チャンバー〉へと続く長い回廊。
榊はサイドスティックのトリガーを引いた。光条が伸びるが〈チャンバー〉までは届かない。
『大尉、早すぎます‥‥』
『B-1より233、前方に迎撃衛星群接近』
『大尉、リーです。離脱許可を』
キャノピーにはボギー(敵味方不明機)接近を示すインジケーションが点滅していた。
『距離40、相対速度プラス220、3分後に交差』
『大尉、許可を』
「‥‥許可する」
四隅から青白い炎を引いて、音も無く小型機――ヴァルキリーが飛び出していく。
『大尉、突っ込みます』
コクピットが振動する。
榊にも近づいてくる敵迎撃衛星の群れが見分けられるようになっていた。横に味方機が列となって連なる。鋼と爆発炎と破片の列。
電子音が響く。
『敵照準波検出。大尉、攻撃を』
榊は照準レチクルをサイドスティックで操作し、トリガーを引いた。音も無く広がる爆発のガスと破片。233TSW所属の戦闘攻撃機は母機へ接近する迎撃衛星、電子戦衛星を掃討していく。その火線をかいくぐって敵機動戦闘機が目まぐるしくバーニアを噴射して、軌道要素を絶えず変えながら接近してくる。その手前を、推進剤のタンクからガスを噴出した味方機が、高速で回転しながら横切る。敵機動戦闘機は回避起動遷移に入るが、味方機が遠心力により構造が分断され、周囲に飛散する破片を浴びて爆散する。それら金属の雨は榊の乗るフレイアにも降りかかった。キャノピーが破裂する。
榊は暗闇の中に取り残されていた。ガスと破片が拡散する戦場は見えず、情報の錯綜する無線は聞こえなかった。
しかし、突然その闇が開いた。
茫然自失となった榊を救い出したのは松浦だった。榊は彼の手に引かれてコクーンを出た。
「こいつははじめてですか」
松浦が訊いた。
「参りましたね」榊は答えた。偽らざる感想だった。「トシですかね。これほど‥‥」
「臨場感があるとは?」松浦は榊の様子に満足しているようだった。「意外ですね。榊さんのような職業の方なら、こういうものにも精通しているかと思っていました」
「データリサーチとコクーンゲームに関係はありませんよ」
榊は苦笑した。
「まぁ、こういうインテリアデザインのコンサル用データ収集ぐらいはやりますが」
そう言って榊は周囲を見渡した。榊と松浦がいるのはライフライブゲームウェア社(LLGW)のプレゼンテーションルームだった。パイプとキャットウォークが無意味に交錯しているが、全体としてはすっきりと見えるようデザインされていることが解る。内装を構成するパイプやキャットウォーク、ランプ、バルブといった素材は全て本物で、それらが過剰なまでに内装のディテールを細かくしていた。情報過多となったディテールは単なるテクスチャとなって空間を包み、何か意味ありげな雰囲気を作り出している。二人はパイプで覆われた部屋の中空に渡されたキャットウォークを出口に向かって歩いていた。
「デザインのコンサルタントですか」
「正確にはその下請けみたいなものです。データリサーチや社会モデルシミュレーション、心理モデルシミュレーション‥‥そういったものです」
なるほど、と松浦は一人頷いた。
「何がですか」
「いえ、今回の件は内部から出たわけではないのですよ」
榊は頷いた。LLGW社は3系列それぞれから出資を受けている〈無色〉の会社だが、緑陽インフォメーションデバイス&データ社(RIDD)が直接に技術と販路を供与している。
「RIDDからですか」
「まぁ、そうです」松浦は無表情のまま頷いた。「もうまもなくRIDD側の担当がお見えになるころです」
「なんという方ですか」
「カサハラという方です」松浦は苦笑を浮かべた。「〈生え抜き〉です。ニューモデルですよ」
榊もつられて苦笑した。
「そういえば、榊さんにはアシスタントがおられると聞いているのですが」
「アシスタント?」榊は小さく首を振った。「いえ、共同経営者です」
「一緒にお仕事をされることはないのですか」
水口のことで何か聞いているらしく、松浦は探るような笑みを浮かべている。
「別口で引き合いがありまして、そちらの方に出ています」
事務的な口調で榊は答えた。