ストリーム・スニーカー
22. Allegiance

 榊とカサハラの乗ったヘリが物流基地から離れるのと入れ違いに、緑陽のロゴを背負ったヘリが低空から入ってきた。榊はヘリが倉庫の陰でホバリングする様子を上から見下ろしていた。芝が波打つ。
「うちの保安部です」
 カサハラが言った。
「護衛か何か」
「違います」カサハラはヘリを凝視していた。「森宮に手落ちがあったようです。彼女にはメイと似た傾向がある。管理部門の注意を引いているようですね」
「大丈夫なのか」
「大丈夫。彼女の行動は危険視されているわけではありません」
 ホバリングしていたヘリは倉庫の上を飛びぬけ、回り込むように機動していた。何かを追いかけている。――何かだって?あの二人に決まっている。
『あの二人なら大丈夫よ』メイの声。『わたしたちのバックアップもある』
「そのわたし達っていうのは――」
『オミュニビーク』
 榊は訊き返したが、答は返らない。ヘリは物流基地から急速に離れていく。
「接触が喪われました」
 カサハラが代わりに答えた。
「YSPに入るまで次の接触はありません」
「何が問題だ。帯域か? セキュリティか」
「主に帯域。次いでセキュリティ」
「たかがデータラインだろう。帯域を問題にするのか」
「彼女は話しかけてきたわけではないのですよ」
 榊は続きを待った。
「言葉通りの意味で〈接触〉してきたのです。彼女の一部がここにあったのですよ」
「何の話をしている」
 榊はカサハラをみつめた。それに彼女は死んでいるはずだ。
「彼女の一部がここを流れ、わたしのデータノードを介してあなたのパッドにリンクした。解りませんか?」
「胡散くさそうな話だな」
 カサハラは微笑んだ。もちろんそう答えるだろう、とその表情は語っていた。
「オミュニビークというのはどういう意味だ」
「オムニ、ユービック。個にして全、全にして個。局在にして遍在する存在」
 榊はカサハラを見つめた。その表情から言葉以上のものを聞き出そうとするかのように。しかし、カサハラの表情は相変わらず掴みどころが無かった。
「それは――」
「それが〈わたし〉という存在。カサハラではなく、メイでもなく」
 ――でもわたしはメイでもなければメグミでもナイ。
「メイは死んでいるんですよね」
「その通りです」
「ではさっき話しかけてきたのは、メイではない?」
 カサハラは柔らかく微笑んだ。
「あなたの言う〈メイ〉とは一体誰だったのでしょうね。――あなたの感覚に照らし合わせた時、メイも、そしてカサハラも存在していません」
「はぐらかされたようですね」
「とんでもない。禅問答で時間を無駄にしたりはいたしませんよ」
「あなたは自分で自分が存在しないと言う。それが禅問答で無くて何だと言うのです」
「わたしはわたしが存在しないなどと言った覚えはありませんよ」
 榊は苦笑した。言葉遊びにひきずりこまれてしまった。
「――ところで、わたしはどうやって病院に入るのです。そして、中で何をすれば良いのです」
「YSP/GPがNTNの保安チームを排除します。それに合わせて入って下さい」
「荒事は基本的に引き受けないようにしているんですけどね」
「水口さんは無罪放免というわけではないんですよ」
「しかし、司法取引を」
「彼女はNTNをダウンさせます。森宮の指示によって」
 頭に血が上る感覚があった。
「身内まで切り捨てるのか」
「彼女は自分の役回りを心得ています」
 カサハラの口調は静かなままだった。榊はガラスのような冷たさを感じてぞっとする。
「今ここにいる自分も、立場としては同じです。状況が変れば、それに即応するために死ぬことも有りうる。――そういう存在です」
 ヘリのエンジン音がいやに耳についた。振動がキャビンを通じて身体に伝わる。
「何に対する忠誠なんです? 社に対する忠誠ではありませんよね」
「オミュニビーク、ですよ。サカキさん」
 全てはそこに帰するわけだ。だが、それが何であるのかが解らない。
「――それで、何をすれば」
「森宮から受け取った指輪がありますね。その指輪の内側にキーワードが彫ってあります。そのキーワードをある患者に送信してほしいのです」
 榊はポケットから指輪を取り出した。持ち上げて透かし見ようとするが、暗がりの中、文字を読み取ることはできなかった。カサハラがキャビンの照明を点ける。榊はつぶやいた。
「――沈黙を開く者に」
「言葉の意味は重要ではありません」
「これを、とある患者に伝えろ、と? なぜこんな手間をかける」
「もちろん理由はあります」
「なぜ自分達でやらない」
 カサハラは答えなかった。
「もちろん理由はある、と」
「そうです」

'Stream Sneaker'
Satoshi Saitou
Create : 1998.08.02
Publish: 2010.07.08
Edition: 2
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