高速湾岸線は光の海の上を通る。かつて油と煤にまみれた工場地帯は、オフィス街とシーサイトタウンに変貌し、ショッピングベースは深夜をすぎてもなおふんだんに光をばらまく。極彩色のディスプレイでは美少女が微笑みながらビールを飲み干す。ブランドネームのトーテムポールが林立する。
騅は左右からまばゆい光を浴びながら高架を走る。水口はバケットシートの中に落ち着き、ステアリングホイールを軽く握る。微妙な車両制御は車が勝手にやってくれる。
時速150キロ。巡航速度。
車両制御をオートにし、水口はステアリングホイールから手を離した。シートをいっぱいまで後ろに下げると、膝の上にパッドを置く。
水口はTYISP-CISC(犯罪情報サービスセンター)にレディメイドのアプリケーションを使ってアクセスした。このアプリケーションはTYISPから委託されたソフトハウスが作成し、正規の流通ルートで流れているまっとうな代物だった。TYISPは手配書の公示や犯罪に関する情報を求めるため、また公安活動のPRのためにCISCという部門を設けたのだった。
水口はアプリケーションがCISCにアクセスしたのを確認すると、バックグラウンドで別のプログラムを起動させた。そのプログラムは〈T4〉と呼ばれていた。やはりリサーチャー業界で密かに流通しているプログラムだった。
T4の起動を知らすアイコンがディスプレイに浮かんだ。水口は榊に教えられた通り、パッドの裏蓋をはずし、中にある小さなディップスイッチを切り替える。もう一度パッドをひっくり返し、パッドのコントロールアプリケーション(CRA)のアイコンが現れたことを確認した。
水口はそのアイコンに触れ、CRAを起動させた。オプション項目がメニューとなって展開される。水口は〈空間保護〉のオプションを外した。CRAを停止し、次に〈T4〉のアイコンに触れる。
〈T4〉はCISCへのアクセスアプリケーションプロセスが起動していることを確認するとそのメモリ空間に侵入し、カプリングコードに接触した。カプリングコードはCISC側から送られてくる使い捨ての通信プログラムで、アプリケーションはCISCへまずカプリングコード送信を要求した後、「送られてきた」カプリングコードに実際の通信を任す設計となっている。TYISPが通信確立時のセキュリティに神経質だったためだ。カプリングコードを用いるこの方式では、ユーザー認証をカプリングコードとアプリケーションの間でまず行い、その後CISCとの間で通信確立をカプリングコードが行うために、ユーザーに
プロトコルを知らす必要がなかった。
しかしメモリ空間の保護が解除されたパッドでは、例えば〈T4〉のような侵入プログラムがカプリングコードを横取りして利用することができる。〈T4〉は正規のアプリケーションのふりをしてカプリングコードを利用し、別の通信を開始した。
パッドに「エンゲージ」のサイン。パッドの表示が一瞬消え、そして全く異なる表示に切り替わった。まるで他人のパッドのようだった。それはTYISP内部職員が使用しているパッド・テンプレート・フォームだった。〈T4〉が侵入に成功したのだ。
水口は少し迷った後、「全移動モニタリング」アイコンに触れた。
表示は東京湾北部から西海岸沿いに横須賀まで続く地図に切り替わった。細かい輝点が蠢いている。水口はパッドのディスプレイが小さいことを悔やんだ。しばらくためらい、水口はパッドの表示を助手席側のフロントグラスに投影させた。だいぶ見易くなる。
水口はパッドの上をなぞり、ヘリの動きをトレースさせた。オレンジの輝点が多摩川から南に数多く展開している。水没地帯では数えるほどもない。
その代り、青い輝点が多摩川以北、特に品川海岸沿いに南北に細長く散らばっている。青い輝点の一部は隅田川河口付近にまで広がっていた。それら輝点は全体的に北東方向へリアルタイムに移動していた。水口は凡例を表示させた。
〈YSP〉とだけその説明にはあった。
どういう部隊かまでを把握していた点でNTNの方が一枚上手なわけだ。
水口はフロントガラスをじっと見つめながら思った。投影されたグラフィックの向うをセーフティ・パウダーの広告看板が通り過ぎようとしていた。広告に起用されたナディア・チャンの焦点の定まらぬ目がなぜか水口を苛立たしくさせた。