ひび割れた壁。砕けたガラス。通りを浸す海。
光の波紋がアスファルトの底をなぜる。さざなみの反射がセラミックの壁を洗う。小魚の群れがオフィスの中を泳ぐ。
夏の日差し。強く、影を断ち切る。
わきあがる入道雲。むせかえる潮の香。
海水に洗われて、ひとつ、またひとつと標識が、信号が、海中に崩れる。
ぱしゃ、と水の跳ね音。
キュロットスカートにブラウスを着た少女が、膝まで水に浸かりながら通りを歩く。
ぱしゃ。
どこか行く宛があるわけではなく。何か目的があるわけでもない。
ぱしゃ。
けだるく水面を眺める。無人のビル街を見上げる。
ばしゃん。
激しい水音に、少女は振り向く。今また、街路表示の標識が、寄せる海水に呑み込まれた。もし海水に呑まれる前に少女が標識に気が付いていたのなら、彼女はここが銀座四丁目であることを知っただろう。知ったところで何の役にも立ちはしないが。
消えた土地に、なんの意味があろうか。
消えた記憶に、なんの価値があろうか。