アンダー・ウォーター
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 ひび割れた壁。砕けたガラス。通りを浸す海。
 光の波紋がアスファルトの底をなぜる。さざなみの反射がセラミックの壁を洗う。小魚の群れがオフィスの中を泳ぐ。
 夏の日差し。強く、影を断ち切る。
 わきあがる入道雲。むせかえる潮の香。
 海水に洗われて、ひとつ、またひとつと標識が、信号が、海中に崩れる。
 ぱしゃ、と水の跳ね音。
 キュロットスカートにブラウスを着た少女が、膝まで水に浸かりながら通りを歩く。
 ぱしゃ。
 どこか行く宛があるわけではなく。何か目的があるわけでもない。
 ぱしゃ。
 けだるく水面を眺める。無人のビル街を見上げる。
 ばしゃん。
 激しい水音に、少女は振り向く。今また、街路表示の標識が、寄せる海水に呑み込まれた。もし海水に呑まれる前に少女が標識に気が付いていたのなら、彼女はここが銀座四丁目であることを知っただろう。知ったところで何の役にも立ちはしないが。
 消えた土地に、なんの意味があろうか。
 消えた記憶に、なんの価値があろうか。

'Under Water'
Satoshi Saitou
Create : 1996.06.29
Publish: 2010.07.05
Edition: 2
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