アンダー・ウォーター
14.

 深夜、風がなくなり、蒸し暑さが増していた。メイはすでに寝付いていたが、榊は眠ることができなかった。クラッドも土屋もそれは同じだった。
 榊はメイがYSPの〈生え抜き〉社員だろうという推測を二人に話した。
「証拠はなにも無いがね」
 榊はそう言って二人の顔を見た。頭上で蛍光燈が神経質にちらつき、二人の目鼻立ちは暗がりに溶けている。三人とも円椅子に腰掛け、榊は二人と直接向き合っていた。榊が身じろぎするたびに椅子の脚が床とぶつかり音を立てた。
「やっぱりな‥‥しかし理由はあるんだろう」
 クラッドが訊く。榊は頷いた。
「あの娘の立ち居振舞い、言葉づかい。あれが普通の教育で身につくと思うか」
「そんなに変わってる?あの子」
 変わってると言ったのはあなたも同じでしょう。
 榊は土屋を見つめながら思った。もっとも彼女がそう訊き返す理由は榊にも判っていた。信じたくないのだ。
「彼女は肉体的な年齢はともかく、精神的には大人ですよ。彼女をかわいげの無い子供だと思うのは間違いです。子供なんかじゃありません」
「でも、どうみてもメイは‥‥」
 いいつのる土屋を榊は軽く制した。
「ええ、メイには初潮なんてまだまだ先のことでしょう。しかし、だから? 歳をとれば大人になるとでも?」
「‥‥そうね。その逆もあるってことね」
 榊は頷いた。
「なんだか可哀相ね」
 それはどうだろう。榊は思った。失った子供時代の代償として、彼女達には不自由しない暮らしが保証されている。それは、YSPの外にいて毎日擬似戦争ゲームでうさを晴らしている子供たちには決して与えられないものだ。
「それで、どこの所属なんだ」
「たぶん紫水だな」
「でも、ここにいることなんて判らないでしょう。言わなければ」
 榊は首を振っていた。
「ずうっとかくまい続けるつもりですか」
「ここなら安全でしょ。ここの人たちはタレこんだりしないよ」
「YSP/GPの紫水部隊はもう品川のあたりまで捜索範囲を広げています。たぶん、だいたいの目星を付けての捜索でしょう。MSP/GPの動きは把握していませんが、船橋を越えて江戸川あたりまで来ていると考えたほうがいい」
「挟み撃ちというわけか‥‥でも、こんな所には」
「こんな所だからこそ、ですよ。ここなら子供が迷い込んで身を隠すにはもってこいの場所だと彼らは考えるでしょう。そして、ここはどこの行政区にも属していない」
「何が言いたいの」
 榊は土屋を見据えた。
「ここはどの法律からも保護を受けていないんですよ。誰もあなた方を護らない。その代りあなた方は誰にも義務を負っていないわけですが‥‥。とにかく、YSP/GPが多少荒っぽくやっても、彼らは道義的責任を追及されるかもしれませんが、法的には何も問われないんです」
「荒っぽくっていうのは、例えば、誰かを大怪我させても」
 榊は頷いた。例えば、誰かを殺しても。系列では無いが、榊は以前TYISPの管轄内でNTNに殺されかけた。橿原の部下にだ。
「そんな無茶な」
「そのことを思い知らされずに済んだのは幸いでしたね」
「‥‥どうしたらいいの」
 榊は微笑した。
「そのことを訊きたかったのです。――あの子をどうしたいのですか」

 フロントガラスに投影されたデジタルクロックは2343時を示していた。水口は43年型の騅を地下駐車場からゆっくりと公道へ出した。街灯こそ眩しい光をばらまいていたが、人通りは絶えていた。遠く、赤信号が点滅を繰り返していた。
 水口はロードマップを助手席側に投影させた。モードを〈ガイド〉に切り替え
ると、表示地域が車の位置に併せて自動調節された。
 アクセルを踏み込むと、水素ガスタービンエンジンの回転数が跳ね上がった。水口はハンドルを左に切って車道に乗り入れる。
 水口は傍らのパッドを操作し、ボイスコントロールモードにしてあることを再確認した。パッドは車載電話とつなげてある。
 水口はバックミラーをちらりと見やってから正面に視線を戻した。アクセルをさらに踏み込む。水口は夜の中へ滑り出した。

'Under Water'
Satoshi Saitou
Create : 1996.06.29
Publish: 2010.07.05
Edition: 2
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