一見するとパラメディックステーションは消防署と似ている。ファサードは大きなガレージそのままで、シャッターが下りていたり上がっていたり。シャッターが上がっていれば富士見PSに常駐しているA4とA5が見えるので消防署でないことは解る。
A4とA5は2機ともAI駆動の車輌型高規格機動救急ロボットで、鎮圧突入型の装備をしている。フロントガラスはなく、代わりに装甲を備え、マルチロールランチャーを積んでいる。ものものしいのは、地域警備との区別が曖昧だからだ。ランチャーは飾りではなく、ゴム弾から催涙ガス、嘔吐ガスを打ち出すことができる。致死性の装備はしていない。
ただ、Aシリーズが本当の姿を見せる機会はあまりない。一度だけ見たことがあるが、SWATバンの突入と変わらない。銃撃を浴びて穴だらけになりつつ催涙弾を撃ちつづけ、パラメディックの盾になった。
自転車をA4の横に入れる。壁際に降りているハンガーにフレームをひっかけると、モーターの音が響いて自転車は天井まで上がっていく。天井には同僚たちの自転車が2台下がっていた。パラメディック全員が自転車を使っているわけではないので、待機に入っているのが2人しかいないわけではない。
階段わきのカメラに顔を見せてそのまま駆け上がる。
2階昇り口脇に扉があり、そこがロッカールームになっている。下着を残して服を脱ぎ、サイクリング用のアンダーウェアを着る。その上に長袖のベストとスパッツを重ねる。スパッツには脛当が埋め込まれていて膝をかばうようになっている。防寒というより、転倒時の防護を目的としていた。
着替え終わるとまず事務室に顔を出した。事務室ではタエコがクリップボード片手にパッドを叩いていた。消耗備品の発注をしているのだろう。ボードにはさんであるのは備品表のリストだ。普段は廊下の壁に貼ってあり、備品と氏名のマトリクスになっている。使った分を記入しておけば4日ごとにタエコが支社の購買に発注をかける。ストックがあれば当日に納品される。なければ待たされる。
タエコが手元から頭をあげた。
「あら、いま、出なの」
「キングズコートに用事があったのよ」
「なんだ。星川だったらパッケージ持ってきてもらえたのに」
「勘弁してよ。それじゃあ、こないだ頼んだのはまだ届いてないのね」
「ストックはあるでしょ」
「たぶんね」
「なければ自分で星川行ってね」
「間に合わなかったらね」
「あ、そうだ。倉庫で誰か寝てたら起こしてね。風邪引くから」
タエコは悪魔的な笑みを浮かべて仕事に戻った。事務室を出て待機室へ。そこがタエコ言うところの倉庫だ。待機室は事務室とトイレと給湯室を挟んだ向こうにある。北端で西向きの部屋。居心地が悪いのはパラメディックを居着かせないためだと言われている。居心地が悪いのでパラメディック達は廊下を挟んだ向かいの会議室を占有している。寒いのは相変わらずだが、広いだけましだ。だから待機室には人がおらず、それゆえタエコは倉庫と呼ぶ。
待機室にはおざなりながらも椅子と丸テーブルがある。その椅子を並べて平戸が寝ていた。ポリウレタンフォームを織り込んだブランケットをかぶっている。
タエコが知っていることは間違いない。自分で起こしてやればいいものを。
平戸が寝ている椅子の足を蹴る。怒りを含んで薄目が開いた。
「‥‥なんだよ。アオイか」
「こんなところで寝てるなってさ」
「誰が」
「タエコよ」
平戸はうめいた。
「真夜中に自動車事故があってさあ、引っ張り出すのに2時間」
「そりゃ大変。でも帰って寝たら」
「どうせ‥‥5時間後に次のシフトだぜ。ここで寝てたっていいだろう」
「わたしはどうでもいいけどね。でも、あんた、タエコが心配してくれてるんだからさ。わたしは一応、頼みを聞いて一度は起こした。後はあんた次第。怒らせるなりなんなりご自由に」
「どういう意味だよ」
「あんた達、気づかれてないと思ってたの」
「‥‥うるせえ」
「じゃあね」
待機室を出て向かいの会議室に。折りたためる長テーブルが適当に並び、パッドや大型ディスプレイがその上に並ぶ。金と芹谷、恭子が適当にデスクワークをこなしていた。芹谷がこちらに気づいた。
「あれ、今ごろどうしたの」
「キングズコートに呼ばれたのよ」
「HQ?」
「警備部の方にね」
「桜が文句言ってたよ」
「ハンドラーからの指示だったのよ。文句言われても」
「わたしらは何とも思ってないよ」
「どうも」
自分が普段使っている席に座る。机の上に共用の端末。認証装置が置かれていて、その上に掌を載せた。机の上にあるワイヤレスのヘッドセットを取り頭にかける。
「209から01。オンライン」
『209確認済。キングズコートの用事は済んだね』
「済んだらしいわ。30分後に巡回」
その短い通話を部屋の反対側にいる恭子が興味深げに聞いていた。
「ね、何で警備部に呼ばれたの。引き抜き?」
「違うわよ。引退した警官なんて向こうは何人も抱えてるし。トロント警察にコネ作ったって仕方ないでしょう」
「だから、何で」
先日あったミスコールの件を話す。
「‥‥よくある話だけどな」
金が呟く。恭子が目を剥いた。
「嘘。わたしはそんな経験ないわ」
「いや、俺もあったよ」と、前田。「呼ばれて行ってみるといなかった。ハンドラー連中なら良く知っているんじゃないか」
「それで、なんで警備部は柊だけ」
「本当に用事があったのは警察らしいわ」
「警備部じゃなくて」
「そうだって。もしかしたら警備部も同じ用事があったのかもしれないけど、連中ならこちらの供述をわざわざ取る必要もないでしょ。記録しているわけだし」
「なるほどね。でもミスコールと警察絡みだったら、なんでうちのHQは何も言わないんだろう」
「下っ端にわざわざ話すこともないと思っているんじゃないか」
「なにしろ、わたしらが何かしたわけじゃないからね」
その一言で皆笑った。
「何もしなかったことで呼ばれてもなあ」
「そうよね。全く」
肩をすくめる。