偽装
18.

 尾行者は富士見PSまで後をつけ、そのまま野毛方面へ走っていったという。桜がそう教えてくれた。単独の尾行者だったわけで、素人なのは間違いない。よくいる手合いだ。この件はこれで終わりだ、そう思った。
 しかし、それだけでは済まなかった。警備部のチャンに呼び出された。
 警備部のヨコハマHQにも慣れ始めていた。殺風景な会議室に通される。窓も無い。紙コップのコーヒーはあった。
 チャンに勧められ、長テーブルの端に座る。オフホワイトの事務机。
「もしかすると、気を悪くするかもしれませんよ」
 チャンは言った。テーブルの天板が一瞬鏡面となり、すぐにCG表示に切り替わる。本牧通り周辺の市街地図だ。
「我々は214があなたに通報した時点で意識的にトレースを始めていましてね。周辺のクリーニングも行いました」
「あれはただの素人でしょう」
 警備部が監視するのはともかく、素人がやることをとりあげて呼び出すことはないはずだ。
 チャンはうっすらと笑みを浮かべた。
「あなたを追いかけていたのは確かに素人ですね」
「他にもいたんですか」
「まぁ、いろいろと。説明しましょう」
 チャンはディスプレイになった天板にリモコンを表示させると、その表面を叩いた。地図にラインが重ねられる。あの日の走行ルートだ。ラインが3本重なる。
 そしてそのラインに沿って幾つかのドットが並ぶ。
「ラインの方は、当日のあなた方の走行ルートで、そちらは言ってしまえば重要じゃありません。目玉はこのマークの方です」
 そう言ってドットを叩く。
「それは?」
「通信波の発信源。一般携帯端末の標準暗号通信を使っているものについてはスクリーニング済み」
「つまり‥‥解りやすく言ってもらえませんか」
「いわゆる警察無線と思われるもの、ということですよ」
「あそこは山手署の庭のような所じゃないですか」
「この電波には指向性というものがあって、県警無線のように全方位に垂れ流しているものじゃないんですよ。こちらで推測した通信ラインを出しましょう」
 本牧通りを何度も横断するようなラインが浮かぶ。
「電波の強弱、通信波の出力タイミングから推測されたラインです」
「警察署にはつながらない?」
「警察署には。ひょっとしたら一般公衆でやりとりしているかもしれませんがね。しかし、携帯電話の発信源とは重なっていない」
「それで、警備部はこれを警察無線とは思っていない」
「県警のものではない、だろうと」
「つまり──?」
 チャンはにやりと笑う。得意がっているようだ。
「時系列に沿って再生させましょう」
 表示が市街地図のみになる。走行ラインが本牧通り入口の間門付近から始まった。伸びていく3本のライン。そのラインを追うように、ドットが明滅する。通信波が出ている、とチャン。
「通信方向は、薄い青の扇で示されている」
 ドットを中心にパイの切れ端が描かれる。そのセクターが広がる方向に通信相手がいる。果たして、再生されるCGでは、そのセクターが開く先でドットが明滅を始める。ラインは伸びていく。明滅するドットはラインの先端付近でしか瞬かない。すぐに消える。
 指向性通信。
「この2点が通信しているという証拠は」
「同一周波数。類似プロトコール」
「暗号化されていて、プロトコルとか何とか、わかるんですか」
「暗号化されたデータは、暗号化されない器に入れないと解読はできないんですよ」チャンは諭すように言う。「でないと、どこが暗号化されたデータのスタートかもわからなくなる」
 解ったような気にはなるが、それだけだった。
「警察無線の状況をかぶせてみましょう」
 チャンが手元を操作する。PCの位置、地域課警官のトレース信号、携帯無線の発信状況。それらは青いセクターとは重ならない。
「警察ではない、と」
「山手署のものではないのは確かですね。少なくともそちらとの通信は連携が取れていない」
「本当にわたしを追っていたんですか」
「あなたか、214か、あるいはもう一人」
「もう一人?」
「例の尾行者ですよ」
「‥‥対象が何かはともかく、監視していた、と」
「現場はドローンが不完全ながらカバーしていて、その映像もあります。呼び出しましょう」
 様々なアイコンが重ね描きされた市街地図に動画像が重なる。路肩に停められた車。確かにそれらしく、あやしく見える。しばらくすると車は動きだした。根岸方面へ走り出す。
 疑問があった。
「監視するにしても、ずいぶん効率の悪い連中ね」
「というと」
「ルートが決まっていないと、監視者を配置できないでしょう。彼ら、待ち構えているようだし」
 チャンはわたしをしばらくの間、見据えた。
「ルートは決まっていたでしょう」
「そんなこと、判りますか」
「富士見PSのパラメディックであれば、あの場所で尾行されていると気づいた時、どのルートを採るのかは決まっているようなものです」
「もしそうなら、尾行する必要もないでしょう。行き先は決まっている」
「そう、尾行はしていない。おそらく監視もしていない。パラメディックに対しては」
「つまり、この監視と思しきものは、尾行者に対して行われていた可能性が高い。だとしても‥‥だとしても手際が良すぎる」
「情報収集と指揮系統がしっかりしている。地元の警察では無理ですね」
「あの時はすぐ後ろの自転車のことだけで頭がいっぱいだった」
「無理もない。我々も形ばかりのデータ解析で気づいた」
「‥‥ところで、なぜこんな情報をパラメディックに教えてくださるんですか。これは、別にそちらで抑えておけば済むことですよね。警備情報でしょう」
「一応、心構えを持って欲しかったので」
「そちらは監視者の正体に心当たりが?」
「尾行のついたパラメディックがどのようなマニュアルに従うのかを知るのは、外部の組織にはそうはない」
「それで、どこだと」
「おそらく公安」
 なんとなく予想していた答えではあった。
「なるほど。それで、心構えというのは、何について」
「正直、判りません。ただ、鏑木という刑事のこともある。用心に越したことは無いでしょう」
「‥‥あなたがた、わたしを何かの餌に使おうとしているんじゃありませんか?」
 チャンは苦笑した。
「だから言ったんですよ。気を悪くするかも、と」
「そうなんですか?」
「素人を餌には使いませんよ」
 元警官も素人と見てくれているのだろうか。そこまで訊きはしなかったが。

'Camouflage'
Satoshi Saitou
Create : 2002.10.02
Publish: 2011.01.27
Edition: 2
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