偽装
17.

 帰りは16号を使って堀割川まで進み、そこで曲がらず、まっすぐ進んで本牧通りに入った。派出所前の検問が目に入り、歩道に上がる。この先の市街地へ高速のまま進入しようとするドライバーを牽制するのが目的らしく、最近、ここでは頻繁に検問が敷かれている。やや速度超過気味の車を誘導している警官を横目に歩道を走る。
 この辺りでは、本牧通りを挟んで海側には古い町並みが並び、それと対照的に山側にはカーテンウォールのように耐熱セラミックパネルで身を包んだ中高層の半住半商の建物が並ぶ。通りに沿って続くこの壁は実際のところ防火壁として機能するように都市計画から要請されたものだと聞いている。防火壁の向こうには戸建の高級住宅街が広がっている。ジョンソン・アンド・カニンガムのドル箱だ。まとまっているだけ対応しやすい。
 延焼防止というのが、海側の火災を想定しているのか、それとも山側の火災を想定しているのか、というのは不愉快な想像だが、言うまでも無く双方に対してだろう。海側の方でも比較的広い道路沿いに高建ぺい率が再設定され「通りの防火壁化」をうながしているという。
 本牧のショッピングコンプレックスビルをくぐる。もともとは破産したショッピングデパートだったそうだが、それを紫水系の資本が吸収し、周辺の小売業を呼び込んだ。片側2車線道路が塊のようなビルの中に吸い込まれる景観にはある種の興奮を覚える。中に入ると、少し息苦しく感じるのが難だが。
 歩道を歩く買い物客の群れを脇目に、信号前で速度を落とす車列をかわして交差点を抜ける。さらに少し走って、やっとビルの下から出る。ここからは通りの両側に高層マンション群が並ぶ。バス停用のエプロンが道のところどころにあるが、ちょっとした駐車場が車道に設けられているようにも見える。それだけのバス輸送需要がここにはあるというわけだ。
 そして山手署前の交差点。刑事が一人撃たれているが、特に何か警戒しているようには見えない。数台の車が署の前に停められているし、窓越しに見える人影も落ち着いて見える。専従者はいるにしても、全署を挙げてというわけではないのだろうか。
 交差点を過ぎる。小売の店が通りに並ぶ。このあたりから路駐が増えてだんだんと走りにくくなる。
 ジャケットの内ポケットでアラームが鳴った。サングラスだ。呼び出されている。
 右側を追い抜いて、頭を抑えるように左へ寄ろうとする車をかわして右へ流れ、そのまま追い抜き、逆に相手の鼻先に割り込む。車のブレーキが軋む。その音を後ろに聞きながらそのままわき道へ。
 すぐに自転車を停め、サングラスをジャケットから取り出してかける。
「こちら209」
『214より209』桜だ。『コード2-1』
 なんだって? 訊き返しそうになる。なんとか思い出す。
 尾行されている。
「209、了解」
 標準対応マニュアルによれば、尾行に気づいた場合、撒いたりはせずに、最寄のパラメディックステーションに戻ることになっている。そうすることで尾行者もまた、パラメディックステーションに向かうことになる。警備部は逆尾行をつけることになるが、尾行者の行動が予測しやすくなるので、その仕事もやりやすい。
 警備部が要員を出すとはいえ、危険な状態にあることは間違いない。尾行が単なる尾行であるならいいが、誘拐目的であるかもしれないし、あるいは、人気が途絶えるのを待って何か危害を加えるつもりなのかもしれない。警備部が実行力を配備するまでのタイムラグが危険だった。
 誰がつけているのか。
「209より214。このラインはオープン?」
『クローズ。何?』
 通信がP2Pで閉じていたとしても、インフラを握っているセクションは盗聴可能だ。
「尾行されているって本当?」
『山手署前で見かけてね。20メートルほど離れてペースを合わせてた。今はあんたが見えるところで止まっているよ。──振り返っちゃ駄目だよ』
「しないわよ。それじゃ、裏道に入るわ」
 自転車を走らせる。裏道といっても、数ブロック奥に進めば、本牧通りと平行に走る古い環状道に出る。おそらく半世紀前からそのままの地割りそのままの通りで、見通しがあまり効かない、細い曲がりくねった道だ。だから交通量は少ない。
『目標はあんたを追って曲がった』
 素人だ。
「本当に尾行されてるの?」
『そのように見えるけどね』
 組織的なものじゃない。個人だ。それも素人。パラメディックと判る格好をしているときはそういうことを仕掛ける奴がいる。たいていはこちらの脚についてこれない。しかし今は私服だ。
 本当に尾行者はいるのだろうか。この自転車にバックミラーはない。振り返るのは、今の状況では禁止事項だ。さらに後ろからつけている桜の報告だけが尾行者の存在を知らしている。
「この先で右に曲がる。本牧通りに戻る」
『了解』
 四つ辻。体重を右に移しつつカーブミラーを確認。通りはクリア。ブレーキング。速度が落ちると荷重の関係で車体は一気に右に切れ込む。ペダルを踏み込み、タイヤのグリップだけを頼りに曲がりきる。
『振り切らないでよ。目標はちんたらと追っかけている』
 後ろを確認したい誘惑に駆られる。そこにいるとすれば本当に素人だ。
 もしかすると桜にからかわれているのかもしれない。そんなことを思う。桜ならやりそうなことだ。
 本牧通りに近づく。車通りが絶えない。
「本牧通りで左折」
『了解』
 自転車を右側の路肩まで寄せ、大きく左に傾ける。目は進行方向、左前方へ。その時、サングラス越しに、目だけを動かして今きた道を見る。わずか一瞬。それだけで十分だった。
 向こうの四つ辻から桜が出てくるところだった。それより手前、もう一台自転車があった。黒のタウンスポーツタイプ。サドル位置が高い。乗っているのはカジュアルな格好をした若い男のように見えた。
「214、尾行者は何を使っているの」
『自転車。黒のタウンスポーツ。今あんたを追って本牧通りに入った』
 本当にあれがそうなのか。尾行にしては近すぎる。それに自身に対する逆尾行について、あまりにも無用心だ。本当に尾行しているのか。尾行者を監視している桜の報告にしか尾行者はいない可能性もある。つまり、桜の思い込みだ。
 しかしそれを確認する術は今はない。黒のタウンスポーツがいるのは確かだからだ。事実はそれだけ。桜はそれを尾行者と判断した。
 右脇を車がかすめて追い抜いていく。血が引く。余計なことを考えている場合じゃない。とにかく富士見のPSまで引っ張っていかなければならない。
 非番でこんなに走らされることになるとは。

'Camouflage'
Satoshi Saitou
Create : 2002.10.02
Publish: 2011.01.27
Edition: 2
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