偽装
20.

 目を覚ますと車の中だった。窓から見える景色には見覚えがある。横浜駅周辺の首都高だ。保土ヶ谷インターを越えて南に向かっている。
 自分がサングラスをしていないことに気づく。自転車はどこに停めたんだったか‥‥。
 自分に起きたことを思い出す。これじゃ誘拐だ。‥‥いや、誘拐されたんだ。
「彼女、目を覚ましたぞ」
 運転席から男の声。聞き覚えはない。ルームミラー越しに目が合った。
 次第に頭がはっきりとしてくる。車はボックスワゴン。後ろを振り返ると、あの少女が座っていた。
「こういう風にするしか話ができなくて」
 悪びれた様子はない。
「話って、何について」
「刑事のこと。それでうちに来たのでしょう」
「あそこではどうして」
「あんたには虫がついているからな」
 運転席で男が言う。
「俺達もこの件については協力したいんだが、JCにとりこまれたくはなくてね」
「悪いけど、話が見えない。さっさと済ましてくれない」
「そのつもりだ。‥‥茜」
 茜、というのが少女の名前だということに気づくのにしばらくかかった。まだぼんやりしている。少女の方はこちらのそんなコンディションには頓着していないようだ。
「わたしたちは例の鏑木刑事に協力していた」
「さっきもそんなようなこと言っていたわね」運転席の男に向かって言う。「何を協力しようと」
「地域経済同盟、というクランを聞いたことは。DEAとか言うらしい。笑っちゃうけど」
 DEAと聞いてわたしが連想するのは米麻薬取締局の方だ。確かに皮肉だ。
「クランの名前までは。クランはクランでしょう。わたしらは番号で区別してるから。‥‥それで」
「そのクランが京浜地区に浸透している。APAREC妨害が狙いらしい」
「そんなことをなぜあなた方が‥‥あなた方もクランの人間ね」
 少女が微笑む。凄みがあった。
「世話役よ。クランとは違うわ」
「もう少し詳しく聞きたいけど、またにするわ。それで、刑事に協力していた、ということは、つまりそのDEAとかいうクランを敵にまわしているというわけ?」
「クラン同士でもいろいろあってね。うちが面倒をみているクランとDEAとの間はうまく行ってない。仲良くやるつもりもないし」
「それで、あなた方は警察と組んだの?」
 プライドも何もなく。
「向こうも似たようなことをしているから、お互い様よ」
「DEAはどこと」
「警視庁公安部」
 思わず笑い出しそうになる。一体、この国の警察はどうなっているのか。
「‥‥あなた方、わたしを尾行したことはなかった?」
「一昨日。本当にパラメディックなのか一応、確認しておこうと」
「あなた方、公安に監視されていたようだけど」
「予想はしていた」
 運転席の男が答えた。
「いい度胸している」
「そういうことにしておこう。‥‥さっき、DEAを敵にまわしているとか言っていたが、実はもうちょっとこみいっている」
「DEAの方はわたしたちに力を貸せと言ってきているのよ」茜が続けた。「でもわたしたちにそのつもりはないから」
「そこら辺のことは、正直、どうでもいいわ。それで?」
「わたしたちが世話役をやっているのは、偽装技術の為よ」
「変装ではなくて」
「偽装」茜の顔に笑みが広がった。「社会情報的な偽装技術。パスポートや運転免許証の偽装とか‥‥」
「そんなことならどこだって」
「われわれの偽装技術は他にあまりない」
 不意に合点がいった。あのミスコール。
「われわれはあんたがたの非視覚監視システム──セルシウスに対して偽装することができる」
 咄嗟のことで答えることができなかった。甲高い茜の笑い声が不快だった。

 車は新保土ヶ谷インターで向きを換え、狩場線に入った。
「連中は我々に協力するよう言ってきているが、そうはしたくない。連中は公安に情報を流して、うちの馴染のクランに圧力をかけはじめた」
 それはそれで結構なことだ。
「あんたたちが自分達の客の面倒をみているように、我々も自分の馴染は大事にする。そんなところだ」
「クラン同士の問題じゃない。こちらとしては別に。そりゃ、抗争事件を起こされるのは困るけど」
「まだ解らないの?」茜が言う。「DEAはわたしたちの偽装技術を欲しがっていて、連中は公安に通じている。わたしたちもセルシウスの技術情報が拡散しないように努力しているってことを忘れないで欲しいな」
「‥‥それで、APAREC」
「あれの警備はあんたがたが担当するんじゃなかったっけ」
「警備事業部がね」
 当然のことだが、県警警備部は担当したがっていた、と聞いた。警視庁との共同警備計画もあったが、それは却下された。J&CはAPAREC参加各国でも実績を積んでいる。それと関係があるのかどうかは知らない。オフィシャルには何も伝わっていないが、警備担当はJ&Cに決定された。
「あなたがたがセルシウスの偽装技術を持っているなら、とっくに秘密でもなんでもないということでしょう」
「いや、違う。言っただろう、情報が拡散しないように努力しているって。それでビジネスやっているんでね。情報を守りたいのはあんたがたと同じだ」
 チャンに聞かせてやりたい。われわれが彼らを養っている。彼らを排除する為のものだったはずだ。茜の笑いがやまないのはそのせいだ。
「皮肉だろう」運転席の男が言う。「あんたたちが強力になってくれるほど、うちも潤うんだ」
「綱渡りではあるけどね」指摘してやる。「うちの技術がそちらを引き離せば、それまででしょう」
「そうかもね」
「遅かれ早かれそちらの技術は破られる。そういう運命なのさ」
「‥‥話を戻しましょう。それで、何が望みなの。その代償は何」
 ルームミラーの中で男が微笑んだ。
「公安からわれわれを守ってほしい。その代償に、クランDEAの浸透状況を教える」
「鏑木刑事はどこまで知っていたの」
「あらかたは。彼は身内にも秘密にしなければならないから難しい、と言ってた」
「彼は取引に応じたの」
「ネタは公安とクランの癒着だ。うまく立ち回れれば、それ自体が代償だ。それに、一応これでも表の顔がある。税金は納めているのさ」
「そちらの公安とクランのネタは確かなの? どのみち、わたしには答える権限はないし、だいたい畑違いもいいところよ」
「解ってる。顔つなぎをして欲しい」
「協力をして‥‥それでうちには何もメリットがないように聞こえるけど」
「そちらの拘留されているパラメディックの保釈に協力できれば、いいんだけどね」
「あれは、あなたがたが」
「‥‥ハメるつもりはなかったよ。人を呼ばなきゃならなかったので、利用させてもらった。悪かったと思ってる」
「‥‥いまさら。協力はできないの」
「証拠を提出することはできるだろうね。‥‥でも、たぶんそれは実現しないよ」
 車は横浜公園ランプ出口を降りはじめていた。なぜ、と聞き返す前に男は続きを口にしている。
「われわれは、そんなに強いわけじゃない。いつまでもDEAと公安に突っ張ってもいられないんだ。そうなれば、われわれの技術は連中の手に渡ることになる。それは望まないだろう? とにかく、つないで欲しい」
「解った。伝えるわ。そちらへの連絡は」
「茜を呼びだしてもらえばいい。番号は聞いてくれ」
「ひとつ訊いていい」
「‥‥どうぞ」
「あなた方二人の関係はなに」
「兄妹だよ」
 運転席で男は笑った。つまらないことを訊いた。

'Camouflage'
Satoshi Saitou
Create : 2002.10.02
Publish: 2011.01.27
Edition: 2
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