歓迎されることを期待してはいなかったが、あからさまに嫌な顔をされるとは思わなかった。連絡をつけろと言ったのはそちらだというのに。
二人はわたしを自転車ごとワゴンに上げて、そのまま倉庫に入った。車を降りようとはしなかった。すぐさま車で逃げられる用意なのだろうか。茜の兄は運転席に座り、身体をひねってこちらに向いている。茜はわたしの後ろのシートに座っていた。
「あまり不用意にここへ来ないで欲しかった」
茜の兄が言う。どうしろと言うのだ。
「鏑木刑事はどうやって連絡をつけていたの」
「予告があった。あの刑事はそういうネットワークを持っていて、そちら経由で連絡があった」
「ネットワーク?」
「タレコミ屋とか、そういう連中」
そういう話かと頷く。そういう世界ならもちろん知っている。
「昔の職場なら心当たりもあったけど、今は無理ね」
「昔の?」
「ここに来る前はトロントで仕事をしていたのよ」
兄のほうは「へえ」と呟くだけだったが、茜の方はわたしを見直したようだった。
「それで、JCには通してもらったのかな」
「伝えたわ。返事も言付かってきた。あなた方か気に入るかどうかは知らないけど」
「だいたい見当はつくけど、聞かせてくれ」
チャンの提案を繰り返す。二人はしばらく答えず、床に目を落としたまま凍りついた。
「つまり、JCは取引はしないと」
甘いんじゃないの、と口に出そうになるのを抑える。
「対等な取引にはならない、と考えているようね」
「JCとしてはセルシウスの機密はどうでもいいと」
「そんなことはないでしょうけど、プライオリティの問題ね。JCの保安部はあなた方の持っている技術力を評価しているわ。でも、それとJCの対公安活動は別だ、と言っていた」
「それを言うならこちらも同じだな」と、兄。「技術力を評価してくれるのは嬉しい。が、飼い犬になるつもりはない」
「でしょうね」妥協点があるとは思えない。しかし、言うべきことは言っておくべきだ。「JCや公安やクランとの関係なんて話は、わたしにはどうでもいい。保険部の人間がどうこう言う話じゃないしね。ただ、あなた方のやり方は好きになれない」
「どういう意味」
「あなた方が怖い人たちに睨まれているのはお気の毒だけど、それが鏑木さんや、うちの平井をまきこむ理由にはならないでしょう」
「どうしろと」
「人に助けを求めるなら、それなりの礼儀というものがあるでしょう。あなた方にとって他人は利用するために存在しているの?」
「よく言う」
呟き声が聞こえる。
「もし、JCが他人を利用していることを非難するのなら、あなた方も同類ということを忘れないで」
今度は沈黙。
「言っておくけど、保安部は完全なセキュリティ技術なんて期待していないわよ。いずれ破られることを前提にしている。あなた方の存在は、セキュリティブレークの可能性に多少のリアリティを追加しただけ。JCの根幹を揺るがせたりするものではないのよ」
「公安に情報が流れたとしても?」
「当然、予想しているはずよ」
「嘘だ」
「完全なセキュリティを期待するほど、うちの保安部は甘くはない。そういうことなのよ。遅かれ早かれセキュリティに関する技術情報は漏れてしまう。それは計画のうち、と保安部は言っていた。陳腐化するとね。あなた方は彼らの計画を前倒ししているだけで、予想の範疇なのよ」
再びの沈黙。しかし敵意のようなものは消えている。切り札と思っていたものが無効化されてしまった。機先を制したつもりだったのだろうけど、それは機先でもなんでもなかった。
JCはそんなに甘くない。
「でも、JCはあなた方を敵視してはいない、と思う。わたしが話をした保安部の人間はね。おそろしく現実的な考え方をしてる」
「言ってることは解るさ。しかし、JCについたことが解れば、今まで世話をしてきたクランからは裏切りと取られる」
事実、そういうことじゃない。微苦笑が浮かぶ。
「であれば、自力で何とかしなさい。ということになってしまうわ。あなた方の要求は虫が良すぎる。そう思わないの?」
「しかしこのまま見逃してくれ、というのも虫がいい話なんだろう?」
「今になってそんなことを言うくらいなら、ずっと隠れていれば良かったのよ」
再び沈黙。
突然運転席でアラームが鳴った。
「茜」
後ろのシートからかさこそと音がする。
「埠頭入口の動体センサに何かひっかかった。3つくらい、こっちに来ているみたい」
「カメラは?」
「‥‥潰されてる」
「やばそうね」
そう言うと茜の兄が睨みつける。
「あんたの仲間じゃないのか?」
「うちと連絡とっていいかしら」
「‥‥駄目だ」
「兄ちゃん。警察暗号無線が飛んでる。すごく指向性が強い。強度の変化が激しい」
「デコードは」
「やってみてるけど、すぐには無理そう」
「警察? それとも公安?」
「たぶん公安‥‥あんたが呼び込んだのかもな」
「どういう意味」
「俺達がJCについたと思われたのかも」
「足音が近づいてくる。15人くらい」
「事務所の明かりをつけるんだ」
「オーケイ」
「このままここで待つつもりなの」
「撃ちあいでもやるか。冗談じゃない」
倉庫のシャッターが軋んだ。誰かが開けようとしている。
「JCと連絡を取らせて。こちらの立場も危ないんだから」
「駄目だ」
「JCと公安、どちらについたほうがマシなの。あんた達の意地につきあって面倒に巻き込まれるのはイヤなのよ」
「解ったよ。茜。解除してやれ」
途端にジャケットの内側でアラームがなった。サングラスに呼び出しがきている。わたしはいつものサングラスを取り出し、かけた。
「209から01」
『こちらHQ。209、現在位置で動くな』
「209了解」
そう答えたとき、火花を散らしてシャッターが半円に切り取られた。