偽装
21.

 虫のいい話だ、とチャンはにべもなかった。
 窓のない応接室の空気は少し肌寒い。天井から冷気が降りてくる。
「対公安活動に協力するから見逃せ、と。それとこれとは話が別だ」
 わたしは答えなかった。あの二人にJCとしてどう接するかは彼が決定(するか、意思決定に関与する)ことであって、わたしの仕事ではなかった。そのつもりがない、という意味ではない。口を出したところで参考にされるかどうかもあやしい。
「セキュリティそのものが陳腐化するのは計画のうちだし、だいたい現に被害も出ているしね」
 応接テーブルの向こうから、わたしを上目遣いに見る。被害、というのはミスコールだけでなく、行方不明になったわたしの捜索コストもその中に含まれているのだろう。結局、わたしは彼らの捜索網の中に自ら姿を現し、警備部があえて捜索に血道を上げる必要はなかった。あの二人に損害賠償を請求するつもりでいるのだろう。機会があれば。
「そんな顔はしないで欲しい。彼らの居場所はすでに判明している。われわれの元で、彼らが協力してもらえばそれで済む話です」
「‥‥その後は」
「継続して協力してもらえれば、心強いですね」
「するでしょうか」
「その二人の問題です。われわれとしては対応しなければならない。どのみち」
「とりあえず、わたしはどうしたら。そちらがコンタクト取りますか」
 チャンは首を振った。
「当面は、彼らを地下に追いやるようなことはしません。とっくにこちらの監視システムからは隠れていますがね。しかし、まだつながりは、ある。これも縁とあきらめて、パイプ役を勤めてもらえれば嬉しい。パラメディックの仕事もあって大変だとは思いますが」
「縁?」
「運命的な人と人との相互関係性、とでも言えばいいんですかね」
「つまり、こうなることはすでに決まっていたと」
 そう呟く。チャンは意外だという表情を見せた。
「いや、そういうつもりで言ったわけではなく‥‥ああ、そうか。運命的、というのはある人にとって大きな意味を持つ、といったようなニュアンスですよ。重要なのは関係性、です。『縁を作る』という言葉もあります」
「エン。確かにそうかもしれませんね」内心ため息をつく。「それで、彼らへの答えは。保護しつつ干渉しないと伝えるの?」
「一番いいのは、二人がこちらで用意する施設に移ることです。こちらとしてはそれが最もコストがかからない」
「その条件を飲まなかったら」
「軟禁状態に甘んじてもらうしかない。二人に敵対行動をとる者に対して排除行動をとる」
「それも拒否されたら」
「二人を排除しなければならないでしょうね。正確に言えば、セルシウスの技術情報を持つ者を排除する」
「彼らも保険ぐらいはかけているでしょう」
 チャンは頷いた。
「一見単純な解決方法に見えて、一番まずい戦略です。しかし、われわれも万能なわけじゃない。こちらのやりやすい方法に従ってもらわないと何も保証できない」
「そう伝えて構いませんか」
「それで構いません」

 茜、あの少女に連絡をとるべきだろう。HQがそれを望んでいる。断る理由はない。
 しかし、彼女をコールすることはためらわれた。チャンと話した内容を伝えることが、ではない。
 警備部はあの二人を監視下に置きたがっている。そのためには、監視システムの界面にまでおびきよせなければならない。そのためのコールだ。そのことにわたしは気づいている。わたしはわたしで彼らと話がしたい。だが、そのことを警備部に利用されるのはシャクだった。それとも二人は心配無用と笑うだろうか。クランの関係者だ。彼らはしたたかだろう。
 富士見PSに顔を出す。事務室を覗けば、タエコを無視するわけにはいかない。
「今日はずいぶんゆっくりね」
「昨日のあれでキングスコートに呼び出されていたのよ」
「日ごろの行いが悪いのよ」
「それじゃ改心して、〈シーガル〉のチョコレートコートケーキはこれから半分にするわ」
「体重オーバーで呼ばれたの?」
 ステーションはいつもと変わらない。平井の不在がタエコの表情を暗くしている以外は。拘留期限が過ぎるのを待つのは虫が良すぎるだろう。幾らでも理由はでてくるはずだ。それだけの準備をしていなければ、JCに手を出したりはしないはず。
 あの二人に立ち回ってもらえば、平井は無事釈放となるのだろうか。自首は望めないにしても、何か物的証拠を出してもらうことは。それとも、それでもなお彼らは突っぱねるのだろうか。
 タエコはわざわざ印刷したシフト表をはさんだクリップボードを取り出した。
「まったく、平井のバカがぶちこまれるから、みんないい迷惑よね」
「そんなこと言うもんじゃないわ」
「バカはバカよ」
 泣き出しはしなかったが、そんな気分だろうということぐらい見当はつく。
「‥‥キングスコートで平井のこと、何か聞いていない?」
「いいえ」
 凍りついたようなタエコの表情。その目を見るのが耐えられない。
 チャンが言うように、確かにあの二人の要求は虫が良すぎる。DEAや公安に立場が弱いのは自業自得だ。それが誰かを犠牲にする理由にはならない。平井や鏑木の犠牲について、あの二人は無神経だ。
 二人に合わなければならない。HQがそう言ったからではない。

 夜の街を走る。いつもの景色、いつもの空気。肺が切り裂かれるように冷える。いくつもの水銀灯といくつものナトリウムランプの下を走り抜ける。わたしの影が周りで踊る。

 茜の住む埠頭に立つ。周囲に街灯はひとつもない。離れた街の灯がさびしい。
 倉庫兼事務所の建物も闇に沈んでいる。不在なのか。隠れているのか。確認しなければならないだろう。他にとっかかりもないのだし。
 自転車を押して歩きながらふと頭上を見上げ、足がとまった。星が幾つか瞬いている。夜空に星を見るのは久しぶりのような気がした。前に星を見たのはいつだったのか、覚えていない。街中で星は見えない。
 ゆっくりと移動する星があった。もちろん星ではない。高高度を飛ぶ航空機か、あるいは人工衛星か。
 そうでなければ、監視ドローン。
 車の静かな走行音が近づいてくる。振り返るとヘッドランプを消したワゴン車がこちらに向かっていた。彼らだ。

'Camouflage'
Satoshi Saitou
Create : 2002.10.02
Publish: 2011.01.27
Edition: 2
Copyright (c) 2002-2011 Satoshi Saitou. All rights reserved.