偽装
23.

 シャッターの穴の向こうからフラッシュライトの光条が差し込んだ。JCの警備員か、あるいはAシリーズのような突撃装備車輌を期待したがそうではなかった。JCではない。入ってきたのは背広服を着た男達だった。おじさんたち、と表現した方が的確だろう。
 入ってきたのは二人のおじさんだった。妙な手つきで構えたライトの光で倉庫内をくまなくなめる。埃をかぶったがらくたの山が浮かんで消えた。やがて、車内に光がさしこまれる。サングラスをしているのでちょうどいい。強い光に感応して濃くなっていく。
「いたぞ」
 一人が背広の襟を摘んで口を寄せている。アナクロ。顎接触マイクぐらいないのか。
 シャッターの穴をくぐってさらに5名。やはりフラッシュライトを構えている。妙な持ち方をしていると思ったが、ライトはハンドガンに装着されていた。そんなことすぐに気付くべきだった。つまり、光がこちらに向けられている時は、銃口もこちらを向いている。
 車内は明るく照らされていた。
 まぶしい光を背負って、一人車に近づいてくる。運転席側にまわる。若い男だ。革ジャンを着ている。ハンドガンを握る右手をまっすぐ運転席に向けたまま、左手を運転席の扉に伸ばした。
 扉を引き、降りろ、と手でうながす。一言も口を開かない。光の中からもう一人、車に走りより、今度はキャビンの引き戸を開けた。こちらはかなりいかつい中年男。銃を向けたまま、やはり無言で降りるように手招きする。
 弾には勝てない。
 HQはこの状況をどういう思惑で観ているのだろう。不意にそんなことを思った。サングラスを通して彼らは観ている。もしかしたらこのまま撃たれるかもしれないのに。
 運転席にいた茜の兄はすでに車から出され、地面に腹ばいになろうとしている。
「サングラスははずせ」
 中年男が初めて口を開いた。わたしは動きを止めた。
「はずさなければどうする」
 警官だった時、立場を逆にして、こうした状況に立ち会ったことは何回かあった。こんなことになるとは思ったこともなかった。男は声を荒げることなく答える。
「いいからはずせ」
 つまらなそうに。銃口はゆるぎもしない。経験を積んでいる。手に負えないと判断すれば、ためらわずに撃つだろう。
『HQより209、そのままじっとしていろ』
 どういうつもりなのかと混乱する。この状況をHQは把握していないのだろうか。ここで不服従のそぶりを見せれば、後が危険だ。
 サングラスのつるにゆっくりと手をやる。急な動作をしてはならない。
『HQより209、動くな。危険だ』
 チャンのするどい制止。思わず手が止まっている。目の前の男が身じろぎした。銃口が揺れる。撃たれることを覚悟する。
 しかし男はそのまま地面に倒れた。風を切る音が幾つも倉庫内に鳴る。光が踊った。シャッターの方に目をやると、フラッシュライトはもう倉庫内を照らしてはいなかった。シャッターのすぐ外で誰かが倒れているらしいのがわかる。
 突然、上の方で爆音が響いた。ヘリコプターのローター音。
『HQより209、2人に外に出るなと言え。出れば撃たれる』
「209よりHQ。了解」
 わたしは小さな車内灯に照らされている茜を見た。目を見開いてこちらを見返している。
「出ないで。撃たれる」
 叫ぶ。茜は激しく頷いた。わたしは車を降りる。サングラスを外せと銃を向けていた男は床に伸びていた。血は流れていない。引き伸ばしたまま固まったゴムのようなものが男の周囲に幾つも転がっている。ライアットガム弾、それも精密射撃が行われたらしい。撃たれた方は死ぬことはないだろうが、骨折くらいはしているかもしれない。
 ハンドガン握った方の手首を、その銃口の向きに気をつけながら足で踏みつける。腱が伸び、手が開いた。ハンドガンが床に落ちる。そのまま遠くへ蹴りやる。
 車の反対側にまわると、そちらでも状況は似たようなものだった。革ジャンを着た男が伸びている。暗がりなので今ひとつはっきりしないが、その横顔を見ていると、最初思ったほど若くはないことに気付いた。
 こちらの方はすでにハンドガンを手から離していた。同様に遠くへ蹴る。茜の兄の肩を叩いた。
「もう大丈夫」
 茜の兄はおそるおそるといった様子でゆっくりと起き上がった。
「倉庫の外には出ないで」
「これは何なんだ」
 耳をふさいで叫ぶ。お互いの耳元に口を寄せなければ何も聞こえない。
「警備部よ。たぶんね」
 黙って頷く。

 不意にローター音がやんだ。遠ざかったのか、あるいは消音飛行に移ったのか。おそらく後者だろう。茜が車から降り出た。
『HQより209、警備員が屋内に入る。指示に従うように』
「209了解」
「JCが何か言ってきたのか」
 茜の兄が訊く。その声にかすかな怯えを感じたのは気のせいか。
「警備部の人間が来る。言うことを聞いた方がよさそうね」
「結局、こうなるシナリオか」
「シナリオ?」
 訊き返したが、小さく肩をすくめるだけで答えない。さらに訊こうとしたとき、シャッターの穴をくぐって数人入ってきた。フラッシュライトを手にしている。
「柊さんという方はいますか」
「わたしです」
 ライトが向けられた。
「こちらへ」
 わたしは茜と、その兄の2人を見る。何かを思いつめたような表情。罪悪感のようなものが湧き上がった。それが論理的な反応でないことは解っていた。ただ、所詮2人は弱者でしかなく、自分がこの場では強者に与しているという立場の違いが、わたしを気まずくさせていた。この状態にあって、言うべき言葉は何も見つからない。何を言ったところで、それは強い者が口にする気休めとしか受け取られないだろう。視線を引き剥がし、踵を返す。
 しかしチャンの言ったことが確実に履行されるなら、それは2人にとってそれほど悪い話ではないはずだ。
「2人はどうなるのでしょうね」
 数歩先を行く警備部要員の後を歩きながら呟く。わたしと入れ替わるように4名の警備部要員が、茜とその兄のところへ走っていった。
『彼らに危害は加えない。彼らの知識は貴重だ』
 無線を介してチャンが答える。その言葉はトロント時代を思い起こさせた。警官の中には些細な犯罪を見逃すかわりに情報提供を求める者が少なからずいた。公式書類の中では「情報提供者」と上品に表現される。
「彼ら、首輪は好かないかも」
『それでも人は食って行かねばならないものですよ。そうでしょう』
 その答えが意味するある種の非情さに気付き、肌が粟立つ。そして、茜の兄はあの時確かに怯えていたのだと実感した。JCの庇護下に入れば、これまでの上客達からは裏切りに見えるだろう。クランとの間に持っていた様々な関係を喪うことになるだろう。もしかしたら、これまでの得意先に命を狙われることになるのかもしれない。
 それでも食べていかねばならない。確かに。

'Camouflage'
Satoshi Saitou
Create : 2002.10.02
Publish: 2011.01.27
Edition: 2
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