偽装
19.

 富士見PSに戻る。ヨコハマHQからのいつもの慣れた道だが、今は監視の存在が気になった。例の尾行者も気になったが、その尾行者を監視している存在、そしてそれら全てを監視下においている警備部の監視機構の存在も意識させられていた。意識しないわけにはいかなかった。
 JCの監視機構、セルシウスについては知識としては知っていた。パラメディックへの救急通報システムの基盤ともなっている。年間の通報は富士見PSの管轄だけで800件弱。一般救急の管轄とはエリアが異なるので厳密な比較は難しいが、そちらは約2000件という統計が出ている。ただし、一般救急への通報には過食からくる腹痛による通報、なども含まれている。パラメディックへの通報はクライアントの物理的変化をモニタリングしている。つまり、〈監視〉している。しかしだからこそ確実な救急通報を拾っている。拾えていないものも、おそらく、あるが。
 監視ドローンは空を飛び、公安は誰かを見張ってる。なべてこの世はこともなし。
 支給されたサングラスは情報を伝えてくるが、同時に現在地点を向こうに伝える。わたしは〈見る〉が、同時に〈見られている〉。そういう仕事だ。それは承知しているが、それを生々しい形で見せられると考えてしまう。わたしはまだ古い人間なのかもしれない。
 監視機構が、その目の届くエリアで暮らす人々の安全を高めているのは確かなのだから。

 万国橋を渡る。下を流れる運河は、ほとんど海のはずだが、このあたりで潮の匂いはしない。
 橋を渡った先に交差点があり、その手前の頭上には交通量監視のセンサーがぶら下がっている。通りに面した建物の入口には機械警備の一部として対人レーダーが設置されている。交差点の4隅にある信号機の一つには事故状況記録用のカメラが組み込まれている。防犯用途の監視カメラもある。JCの装備ではない。JC以前に、地元警察が地域防犯の拡充目的で設置していた。
 これだけ監視機構が幾層にも重なる街でも〈クラン〉は入り込む。不思議なものだと思う。監視機構の無い場所へ行けば安全だろうに。彼らは発見してもらいたがっているかのようだ。
 信号が青に変わる。誘導される車列の頭を抑えるように飛び出し、左折。車道の真ん中に寄り、対向車線の様子を図って右折。そのまま地元企業を収容するビジネス街を走る。
 弁天通、住吉町、尾上町、真砂町、末広町、羽衣町‥‥。由来を知る人はいなくなっても町の名前は変わらない。
 根岸線の高架が見える。
 コール。
 自分の中でモードが切り替わるのが判った。全ては棚上げされる。
『‥‥中区元町1-‥‥地番は‥‥。‥‥クライアントの応答なし。A6出場。到着予想8分後』
 ルートを考える前に左折している。頭の中にロードマップが広がる。目の前には横浜スタジアム。元町はちょうどスタジアムの向こう側だ。
「209より01。信号制御よろしく。公園をつっきる」
『01から209。了解』
 突き当たりの信号が変わる。まだ公園の人通りは少ない。歩道に上がり、そのまま公園に入る。スタジアムを巻くように走り、公園の反対側へ。ホテル街のはずれに飛び出す。ホテルからちょうど出てくる男女二人と目があってしまった。無論構わず、そのまま中華街西門前を通り過ぎる。
「209より01。前田橋を使う」
 中華街をかすめ過ぎ、石川町駅前で海側に進路を変える。首都高高架下を川に沿って走る。
「209より01。近い。現場までの地図を」
 サングラスの内側にロードマップが薄く投影される。前田橋前の交差点の信号が変わった。車体を大きくバンクさせて右折。短い橋を渡る。上り坂。この先はわき道に入り、ややこしい古い町並を走る。
「209より01。A6はあとどれくらい」
『A6より209。推定で3分後』
 いまだセットバックされていない路地に入る。
「ここにA6は入れないわ」
 思わず口を突いて出る。
『01より209。把握している』
 もちろんそうだろう。今のは独り言だ。しかしそんなやりとりをするのもわずらわしい。
「209より01。近い。鍵は?」
『01より209。うちのセキュリティはクリアだ』
 つまり、それ以外の鍵についてはどうしようもない。A6がそのための破壊装備を持っているが使いたくはない。当たり前だが、モノを壊すと必ずモメる。
 枯れた雰囲気の木造住宅が軒を並べる。屋根に載せられた衛星アンテナが無ければ時代を勘違いしそうな場所だ。道端で遊ぶ女の子二人を避ける。
 住居表示を確認。この辺りでは目立たない民家。道路に面して庭はない。スクーターが停まっていた。
「209より01、到着」
 引き戸を引く。かび臭い匂いが鼻をつく。その匂いがどこか意識の深い所で警報を鳴らした。
「JCエリアパラメディックです」
 サイクリングシューズを履いたまま玄関を上がる。玄関には靴がひとつもない。玄関をあがってすぐ正面にふすまがあり、廊下は右手に伸びている。玄関脇には2階へ上がる階段がある。間取りの見当がつく。1階には右手に台所、浴室とトイレが集められていて、正面に和室。その右隣におそらくダイニング。
 ふすまを開ける。たたみが上げられていて、敷板がむきだしになっていた。ほこりが厚くつもっている。
 ここに人は住んでいない。
「209より01。本当にここなの?」
 サイクリングシューズを履いたままでよかった。ほこりを踏んで部屋に入り、右手にあるふすまを開ける。案の定そこはダイニングキッチンだったが、据え付けの流しや収納家具以外、何もなかった。
 2階をあたったほうがいいかもしれない。
 しかし、この家にJCのセキュリティがかけられていたというのか。何もないこの家に。
「209より01。コールは今もここからでているの?」
 応答が無い。
「209よりA6。あとどのくらいで着く」
 こちらも同様だった。
 ミスコールどころじゃない。ハメられた。
 玄関に取って返そうとしたとき、わき腹に衝撃が走った。脚が硬直し、廊下に倒れる。身体が動かない。嫌な痺れがあった。衝撃が続いてもう一度。
「ごめんなさいね」
 女の声。謝るような口調ではなかった。苦労して首をひねると、見下ろす顔と目があう。あの少女だ。廃屋のような工場で会った少女。
「どういう‥‥」
 しかし少女は全てを言わせず、スプレーをわたしの顔に吹きかけた。考えるのが面倒くさくなり、そのまま意識を失う。

'Camouflage'
Satoshi Saitou
Create : 2002.10.02
Publish: 2011.01.27
Edition: 2
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