■作者の政治的・思想的ポジションが強く表れている短編集。ストレートなメッセージとなっているのが表題作の『アリスへの決別』 ただ、その政治的スタンスとは別に、フィクションへの愛が通奏低音のように流れ、ラストの『夢幻潜航艇』へとつながる。アクチュアルなテーマからフィクション色を強めていく構成は『夢幻潜航艇』のプロットとも似ていて、短編集としての構成の妙も楽しめなくはない。
表題作になっている『アリスへの決別』は例の「非実在青少年」問題に対する明白なカウンターメッセージとなっている作品。基本的には作者と同感なのだけど、強い共感を覚えないのは、自分はそこまでフィクショナルなキャラクターに入れ込まないからだろう。
『リトルガールふたたび』や『七歩跳んだ男』は擬似科学や都市伝説、「空気」に流される傾向を茶化した、あるいは警鐘を鳴らす作品。どちらもマジョリティな「空気」に対する良識的なカウンターメッセージとなっていて、その意図が明確であるだけに読み取りにブレ幅がなく、息苦しいところはある。そしてまた、このカウンターメッセージを届けるべき相手は、ほぼ確実に本作品を読むことはないだろうという感触も、うっすらと空虚な読後感を残す。
『地獄はここに』も根底にあるテーマは先行する短編とほぼ同じだが、エンターテイメント色は強くなっている。SFというよりは普通にミステリーのカテゴリーだろうとは思う。ただ、先行した短編を読んでいると、どういうオチにしたいのかが解ってしまうのが難点かもしれない。話の作り方に共通性があって、そのクセが解ってしまうのだ。
『地球から来た男』も出だしは普通にSFしているが、途中でネタが割れてしまう。さすがにデリケートな題材なので書き方に配慮していることはわかるが、それでも政治的なメッセージ、あるいは作者のステートメントは隠しようもない。
それが悪いわけでは、もちろんないのだけど、読んでいる自分がそのスタンスともともと近いので、自分にとっての読み物としては少々くどく感じてしまう。
そのくどさが薄く、楽しめたのは『オルダーセンの世界』と『夢幻潜航艇』ということになるか。2つの作品は連作で、そこに使われている基本的なアイディアは同じ作者の『MM-9』でも顔を出している。冒頭に収められた『アリスへの決別』は現実と想像の世界が対立し、現実に圧倒されている状況を描いているが、『夢幻潜航艇』では逆に想像が現実を圧倒してしまう。それはアリスへの決別を余儀なくされた世界への逆襲のようだ。そしてまた、『アリスへの決別』を冒頭に置き、『夢幻潜航艇』を末尾に配した構成から、作者からの一貫したメッセージを読み取ることができる。