『星の舞台からみてる』

■技術者が書いたんだなあということが如実に伝わってくるのだけど、本職に近いところを書くと嘘がつきにくくなるのが難しい。もうちょっと技術的な冒険を語ってくれると良かったかなあ。なんとなく、ニューロマンサー3部作を薄らぼんやり感じさせたり、他にも幾つか感じるところもあってそれはそれでちょっと面白かった。なんとなく気恥ずかしい感じを受けなくも無いボーイ・ミーツ・ガールというか、レディ・ミーツ・ボーイというか、姉さん趣味ですか。

 社内組織社会よりはむしろオープンコミュニティの中でハブ的な位置を占めていたカリスマ技術者、野上が亡くなった。その遺言執行を代理する企業HCCの一担当者である香南は野上の遺言に従い野上の生涯を追いかけていくことになるが、それは同時に香南がよりフラットなネットワークへ参画する過程でもあった。
 実際にはもうちょっと一波乱二波乱あって、後半ハイテクスリラーっぽい展開もあるのだけど、全般的に荒っぽい話は無し。いたって穏やか、優しい話作りで、あまりにも現実的な処理の多さはちょっと寂しい感じも受ける。
 帯には「愛と勇気のシステムエンジニアSF」ってあるんだけど、現実に知っているSEでここまで網羅的に押さえている人ってあんまり知らない。最近の流行で人脈作りに精出す人は、「知っている人と知り合いになればいい」と他人にぶら下がろうとする傾向があって、自分自身のバリューを高めようとする人が少なくなっている気がします。

 そういう年寄りじみた愚痴はともかく、本作の中心を貫いているのは、自己発生的に生まれる個人間の信頼感性を評価軸に構築されたネットワークへのコミットだ。それを「ソーシャルネットワーク」と言ってしまうと、いわゆるSNSプラットフォーム提供企業の上に乗っかった、やや薄っぺらい印象があるけれど、ここで提示されるのはずっとプリミティブな、あたりまえと言ってしまえば身も蓋もないあたりまえな「絆」への回帰と、それのネットワーク技術によってリファインされたオルタナティブバージョンの姿だ。「絆2.0」とか書いてしまうと、これまた途端に安っぽくなるが。

 ただ、話運びにぎこちないところがあり(SF的には大ネタになるものを二言三言で流しますか)、また狂言回しの動機があまり腑に落ちるものでもなく、印象が弱くなってしまった感もあります。細かいディテールにアイディアをぎっしり詰め込んでいて、それはそれでガジェット的な面白さはあるのですが、もっと大きなフレームとして「嘘」をついてくれると良かったのに、と思わなくもありません。
 もっとも作者自身がネットワーク技術者であるという背景を知ってしまうと、なまじ良く知ってしまっているために嘘がつけなくなってしまったのではないかなあと、それはそれで腑に落ちてはいます。

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1998.11
『星の舞台からみてる』
ISBN:978-4-15-030998-5
作者:木本雅彦
早川書房
ハヤカワJA
作成:2010.05.14
公開:2010.06.05

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