■「この世界の片隅で」はこうの史代の漫画作品で、戦前~終戦直後の広島・呉を舞台にしている。主人公として市井の若い女性のすずを配置し、戦中の生活を淡々と描く。戦争が始まってもすぐに戦時生活に切り替わるわけでもなく、戦争の影が徐々に彼女の生活を変えていく。広島出身の主人公で呉を舞台にしているから、必然的に物語は悲劇的な色が強くなる。しかし、主人公のすずはくじけずに生きていく。この世界の片隅で。
その映像化というだけで期待は大きいのですが、題材が題材だけに商業化は難しそうな感じはしますし、実際難しかったようです。クラウドファンディングで資金を一般に広く求めたところ、目標額も目標人数も上回り、映画館サイドからも制作について好意的な意見が寄せられたとのこと。
戦時中の、それも広島原爆投下を間接的に扱っていることでスポンサードには腰が引けるところがあるというのも創造に難くないのですが、それでも映像化を期待されている人は多いのではないかと思います。
そのクラウンドファンディングに参加した一般スポンサーを集めてのメンバーミーティングというのがこの七月に荻窪で開催されました。制作の進捗報告と監督による制作裏話、そしてパイロットフィルムの上映。
制作状況は脚本、絵コンテはオールアップで作画打ち合わせが4割、美術打ち合わせが1割ほどとのこと。来年秋の公開に向けてというと、ペースは遅いとのこと。立ち上がりからは早い方とのことですが、終わりから逆算するととても楽観できないということなのでしょう。
そしてパイロットフィルムは、いろいろ(仮)の状態ではあるとのことですが、期待は裏切られませんでした。なんかもう完成してしまっているような気分で。
監督の製作うらばなしでは呉や広島の当時の景色を描写するだけのために膨大な時間を資料収集にかけていたようで、その情報量が背景美術に反映されているとのことでした。単にそれっぽい映像を作るのではなく、当時に実際にあった景色を再現させることを目的としているのですね。『この世界の片隅に』は主人公のなんということもないふつうの生活にリアリティを感じることができなければ表現するものが伝わらなくなってしまうわけで、そうなると「なんとなく」戦時中の生活を描くことができなくなってしまう。そしてそうした「普通の」生活がどういうものだったのか、という情報が最もわからなくなっている。その情報量は観ている側はすべてを受け止めることはできないかもしれないが、映像のディテールから感じるものは確かにあると思いますし、それはパイロットフィルムからも感じました。来年が楽しみです。