わたしは必死で考え続けた。自分の考えを確実にトレースすることが、自分を確認する確かな方法だった。
――はやくかえろう、はやくかえろう、はやくかえってぐっすりねむるんだ、ねむってゆっくりやすむんだ、あしたこのことだれかにはなそう、わらわれるかな、わらわれるだろうな、デモレイコナラまじめにきいてくれるかな、れいこってだれだ? ハヤクネムロウ――。
ふっと注意をそらした隙に〈幽霊達〉の考えが忍び込んでいた。わたしは気を引き締めた。
不意に風がやむ。わたしは自分が落下していることを感じ、羽ばたいた。
「帰ってきたよ」
〈追い払う翼〉がわたしの後ろから追い付いてきて言った。
「あんた、自力でここまで来たね。すごいよ」
「風に飛ばされただけだよ」
「そう思う?まぁ、いいわ、とにかく下を見てごらん」
わたしは言われるように下を見下ろした。一瞬わたしはくらっとした。わたしはずいぶんな高みから街を見下ろしているのだった。細かい建物の見分けがつかない。せいぜい広い道路と線路と川の流れがわかるぐらいだった。
わたしの脳裏で何か符号するものがあった。あの広い道路、あれは新道じゃないか? だとすれば、あの川は柏尾川で、あそこに駅がある‥‥。
「どこに行けばいいかわかる?」
「わかるよ」
しかし、その時わたしは自分の姿がカラスであることに思い当たった。わたしがそう言うと、〈追い払う翼〉はいたずらっぽく笑った。
「心配しなくてもいいのよ。‥‥ついてきなさい」
わたしは言われるままに〈追い払う翼〉の後を追った。地表は暗がりに沈もうとしているところだった。夕暮れ直後の薄暮の時。〈追い払う翼〉は身体をよじるようにして急降下に移った。わたしも慌てて後を追う。
〈追い払う翼〉は駅の東側に向かって降下していた。丸井のビルがある方だ。柏尾川がぐんぐんと近づく。貨物列車が南からやってくるのがわかった。
JRの架線の高さまで降下した時、〈追い払う翼〉はぐん、と頭をあげ、水平飛行にうつった。わたしも慌てて後を追った。降下している時のスピードが残り、そのまま線路向こうの橋へ向かって突き進む。
その橋の上に背広姿の男が一人突っ立っていた。男は背中をむけていて、誰だかわからない。わたしは速度をおとすことができないまま、その男に向かって飛んでいた。
ぶつかる。
わたしは目をつぶった。折り悪く、強い突風が追い風となる。
ぶつかる!
わたしは強い、湿った風が頬を撫でるのを感じ、ゆっくりと目を開いた。気配に気が付きふと見上げると、カラスが一羽、羽を開いたままゆったりと滑空していた。
カァ。
そのカラスは一声鳴いた。わたしは心持ち手を上げた。カラスはもう一度鳴いた。そして名残惜しげにわたしの頭上で旋回すると、力強く羽ばたいて宵闇迫る空の高みへと飛んでいった。
〈瞬間〉が終わった。わたしは思った。背後を貨物列車が走り抜けた。時計を見れば、この橋で立ち止まって1分と経っていない。
わたしは夜食の弁当を買うためにコンビニエンスストアへ向かった。コンビニエンスストアの中に入りながら、もう二度と〈追い払う翼〉と言葉をかわすことはないだろう、もう二度とあの土地に入ることはないのだろうと思った。