「今度の件では榊様にはすっかりお世話になりました」
御崎は佐藤碧の家の前で、榊と水口に深々と頭を下げた。
「いえ。今回の仕事はなかなかやりがいのある仕事でした。こういった仕事をくださって感謝しているのはこちらの方です」
御崎は頭をあげた。完璧な笑みを浮かべている。
「また何かありましたときは是非ともご助力ください」
「よろこんで‥‥と言いたいところですが、報酬次第ですね」
「もちろん承知しております。次回は警備にもっと注意を払うように致します」
それでは、と御崎は軽く頭を下げてから、自分の車に戻ろうとした。車の扉に手をかけた時、ふと榊の方を向いた。笑顔のまま問い掛ける。
「榊様、変な事を訊くとお思いになるでしょうが‥‥碧様はなぜ泣いたのでしょう」
水口は驚きを隠さなかった。
「サトウと碧さんの不和についてはご存知でしょう」
「ええ。ですが碧様のお母様の声を聞けたのだから、お喜びになるのが自然なのではないでしょうか。なぜ泣いたのでしょう」
「育つ環境によって反応はさまざまです」
榊は答えた。御崎は会釈した。
「なるほど。解ったような気が致します」
御崎はそう答えると車に乗込んだ。車はそのまま発車し、一足先にYSP方面への帰路についた。後に残された榊と水口も自分たちの車に乗込んだ。
「御崎さん、なぜあんなこと訊いたのかしら」
榊は車を発進させた。
「ちょっと考えれば解りそうなものなのに。わたしなんてもらい泣きしそうになったわ。明もそうでしょう」
榊は助手席側のフロントガラスにナビゲーション用のロードマップを表示させる。
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
「あの涙の意味が明には解るわよね」
榊は曖昧に頷く。
「彼女は感情抑制下にあるんだよ」
「彼女って御崎さんのことね」
榊は頷いた。
「彼女の感情は滅多なことでは動かない。固定されている。それに〈温室〉生まれの彼女が佐藤碧の気持ちを想像できるはずがない。‥‥彼女にとって親はかけがいのない存在じゃないんだから」
「どういうこと」
「彼女の産みの親は文字どおり緑陽の社員生育プラントで、育ての親は養育担当官達だ。彼女の家族は心理プロフィールに従って計画されていて、交換可能だ。実際特定の人物との絆が強くならないように、家族構成は定期的にシャッフルされる。変わらない唯一の絆は緑陽だけなんだよ」
水口は答えなかった。
「それだって実際泣くかどうかあやしいがね」
「‥‥まるで機械なのね」
「人間だよ。切れば赤い血が流れる」
「でも、わたしとは違うわ」
榊はつまらなさそうに答えた。
「違っていて良かったよ」
水口は笑みを浮かべた。