牛に引かれるコーチの中からナガハマは遠ざかるアダゾの街を眺めていた。灰色の石を纏った老貴婦人は、朝霧のヴェールに顔を隠しつつあった。夜明けまでもう間が無い。
仲間達はコーチの座席に座ったまま眠り込んでいる。このままトリルにつくまで眼は覚まさないだろう。しかし、ナガハマに睡魔はおとずれない。
いや、まぶたは重い。だが、胸中にある不安、言葉にならぬ何かが彼を眠らせなかった。身体は眠ろうとしていたが、頭の芯は醒めたままだった。
ナガハマは傍らに立てかけてある剣を取った。
この剣は俺のためにあるのではない。ナガハマは思う。
――しかし。
ナガハマは剣を傍らに戻し、眼を閉じた。