『水口さん、見えますか』
〈耳〉からの加崎の声に水口ははっとして顔をあげた。加崎は水口の方を振り返り、窓の外を指差している。水口は傍らの窓に目をやった。下にどす黒く汚れた波板の屋根が広がる。屋根はところどころ朽ちて穴が空いていた。どう控え目に見ても崩壊寸前といった廃屋だった。
『昔の倉庫ですよ。今は再開発待ちです。あなたが探しているものはここにあるようです』
「本当ですか」
『まぁ見ていてください』
ヘリは高度を下げ、屋根に近づいた。水口はこのまま屋根に降りるのかと思ったがそうでは無かった。ヘリのローターが生み出す風圧で屋根を壊すのが目的だった。材質の劣化した屋根はばりばりと音を立てて破壊されていった。水口はその荒っぽいやり口の成り行きをただ見守るしかなかった。
『いました』
破壊された屋根の下に黒っぽい上着を着た男が身をかがめている姿があった。
「あれが犯人?」
『間違いありません』
加崎はコクピットの天井にあるコンソールパネルからマイクを取った。
「NTNデータセキュリティだ。盗品のパッドを追跡している。あなたのすぐそばからパッドからの信号が出ているようだが?」
ラウンドスピーカーからの声が響く。男は叩き付けられる風の中で、やっとのことで上を見上げた。
「繰り返す、あなたのすぐそばから、盗品のパッドからの信号が出ているが?」
男の目にヘリの底にぶら下げられた機銃が映ったに違いない。男は両手を上げた。下をむいたまま激しく頷いている。
「よぉし、そのままじっとしていろ」
ヘリは高度を下げ、廃屋の屋根を完全に破壊してから、その隣に広がる空き地に着陸した。加崎が懐から銃を抜き出してからヘリを降りた。水口もその後に続いた。
犯人は屋根の残骸の中で埃塗れになりながら両手を上げて突っ立っていた。加崎は銃を前に突き出しながら近づいていく。
「よぉし、盗品のパッドはどこだ。そのアタッシュケースか」
犯人は頷いた。
「OK。じゃあゆっくりその場を離れろ。変な気を起こすな。命は無くさないが、痛い思いをするぞ」
犯人は加崎に言われた通りにする。加崎は微笑んだ。
「水口さん。早く」
加崎に促され、水口はアタッシュケースに走りよった。それは確かに空港で榊から預けられ、そして盗まれたものだった。鍵穴に幾つもついた傷が彼女を不安にさせた。水口はポケットからチップキーを取り出しケースを開いた。
コンビニのレシートや通話料金の請求書、細かい字がぎっちりと書き込まれたノートの切れ端といったくだらないごみの中から榊のパッドを取り出す。無事だった。
水口はほっと胸をなでおろした。
「水口さん。中身の確認はできましたか」
「ありました。無事です」
「じゃあ、早くヘリに戻ってください」
「はい!」
水口はパッドを元どおりごみのなかに埋めるとアタッシュケースを閉じた。ケースを手に立ち上がり、残骸の中をヘリに向かって足早に歩いた。廃屋を出る。水口は榊に回線をつないだ。
「榊さん」
『どうした』
「とりもどしました。無事です」
『上出来。お前からNTNの方にお礼を言っておいてくれ。こっちはプレゼンに入る』
「わかりました」
『こいつがすんだら関内で中華でも奢ろう。どんな様子だったのか話してくれ』
「‥‥わかりました」
回線は切れた。微笑みながら水口はヘリに乗込んだ。