「不注意でしたね。水口さん」
NTNデータセキュリティから派遣されてきた保安員の言葉に水口裕子はうなだれた。保安員の胸には加崎という名前が刷られたプレートがあった。
「済みません」
「まぁ、いい。水口」榊が横から口を出した。「先方へはおれだけで行く。お前はNTNと同行してパッドを取り戻してこい」
榊達は東京湾島空港の待ち合いロビーにいた。ロビーは旅行者やその見送りの人、出迎える人で混み合っていた。
「しかし榊さん」
「NTNはパッドは見つけ出せても、受け取りには持ち主がいないとだめだろう。時間が惜しい。お前が行くんだ。盗まれたのはお前の責任なんだから。こっちの方はなんとかなる。パッドが壊されない限りな」
「‥‥解りました」
「それじゃ、彼女を頼みます」
榊は加崎に頭を下げた。
「お任せください。保険の掛け金が無駄じゃないところをお見せしますよ」
榊はひきつったような笑みを浮かべた。NTN保安チームに慈悲が無いのは彼自身よく知っていた。
「ただ‥‥我々は逮捕はしません。ただ取り戻すだけです」
「承知しています」榊は答えると水口の方を向いた。「それでは。‥‥水口、連絡は装着端末で逐次送れ」
水口は頷き、榊は笑みを浮かべた。彼は水口達に背を向けると、チャーターされたビジネスジェットが待つピアへ手ぶらで向かった。水口は彼の後ろ姿を見送りながら、大きく深呼吸した。
「では、行きましょう」
彼女は言った。
榊が事前に教えられていたピア5の廊下にさしかかると、二人の大男が榊を左手で制止した。
「榊。榊明だ。‥‥照合を」
男の一人は上品に仕立て上げられたスーツの懐に右手を差し込んでいた。左脇の下が膨らんでいる。あからさまな威嚇だった。
「動くな。そこで待て」
もう一人が言う。ぴっ、と榊の装着端末から延びる〈耳〉が音をたてた。
『あなたのクレジットプロフィールが参照されました』
「失礼した。榊さん。どうぞ奥へ」
榊は軽く頷くと再び奥へ歩き出した。黒っぽい、毛足の長い絨毯が靴音を吸い込む。通路の奥には冷たい、金属の扉があった。その前には黒いスーツとタイトスカートに身を包んだ女性が立っていた。優雅に頭を下げる。
「榊様、お待ちしておりました」
榊は会釈した。その女性は続けた。
「会議まで時間がかかります。それまでのお暇潰しにお入用なものはありますでしょうか」
「それじゃ、済みませんが‥‥」榊は微笑んだ。「そちらにパッドは余っていないでしょうか」
「すぐに御用意します。どうぞ、中でお待ちください」
女性は扉を開け、榊は中に足を踏み入れた。背後で扉が閉められると、耳がぽんと鳴った。