ミッション
6.

 コンサバ-コンサブのトリラー教会はトリル市の外れ、王城のある丘の麓にあった。トリルを治めるフェルマータ家の庇護の下、教会はその擁する人員の増大に伴って拡張に継ぐ拡張を繰り返していた。その意味で教会の建物は未だ完成を見ていない。絶え間なく拡張、改築を重ねる間に建築様式は変化し、その変遷は年輪のように刻み込まれている。
 建屋に刻まれた年輪は、すなわち教会の歴史であり、つまりは一つの権威であった。コンサバは一枚岩の教えでは無く、数多くの分派が生まれては消えていく。コンサバ-コンサブもその一つでしかない。しかし、だからこそ、刻み込まれた年輪が、コンサブの重みを如実に語り掛けるのだ。
 ナガハマは暗く長い回廊を歩く時、その重みを常に感じていた。その感覚はトリルの剣士という矜持を保つ支えにもなれば、ミッションについてまわる責任の重さにもなった。
 今こうして講堂に入り、聴聞会の席についている時感じるのは諸々ついてまわる責任の重さだった。
 ミッションには聴聞会がつきものだった。ミッションが成功しても失敗しても、必ず聴聞会が開かれた。その中でミッションの行動内容全てがさらけだされる。その記録はミッションに携わる者全てに公開された。トリルの剣士はその記録に目を通すことが推奨され、指揮をとる坊には通読することが要求された。コンサバ-コンサブのミッション、〈オンド〉の救済は教会の存在理由そのものだからだ。ミッションは成功しなければならない。
 ナガハマは居並ぶ聴聞僧を見渡した。いつもの法衣にさらに聴聞僧衣を重ね、高い頭巾をかぶってなかなかにもったいつけている。いい加減見なれているが、愛着が持てる姿ではなかった。
 硬い木の長椅子の上で身じろぎする。隣にはニキとゴンド、ダンダが並んで座っていた。ユキカ尼の姿はない。トリル教会に属していない彼女に出席する権利はなかった。もちろんオンドもいない。いや、記録係として議長の隣に一人オンドがいるが、彼女はナガハマ達が連れかえった子供ではなかった。
 聴聞は普段と変わらず、淡々と行われた。僧が一人失われたが、ミッションにそうした犠牲はつきものだった。看過できるものではないが、そういうものだった。殉教者名簿にまた一人名前が付け加えられるにすぎない。
 聴聞会議長が重々しく締めくくる。
「‥‥ナガハマ・ラクア・ケト・アーナム・デ・エトクサ。今回のミッション、決して成功したとは言えない。アマナを生還させること、叶わなかったのは実に残念。彼は若くしてミッションの作戦立案にひらめくものを見せており、有望な人材であった。彼を失ったことは我々にとり、とても痛いことなのだよ」
 議長は手元のミッション事例記録集を閉じる。
「本会では、アマナ坊殉死の責任を君に取らせるものとする。伍隊指揮序列からいって、それが妥当というものだ。シャフトの追撃をかわした、と言っても、それは殆どあの憐れな尼僧と敵指揮官の人徳によるものが大きい。向こうも連絡が行き届かなかったのだろう。運が良かったな。本来なら除隊もやむを得ないところであるが、君にとって幸いなことに減刑嘆願が出されている。我々はこれを拒むものではない。――結論。本聴聞会はこのたびのミッション、赤の魚242番における失策の責任をナガハマ・ラクア・ケト・アーナム・デ・エトクサにあるものとし、明日より三旬の間謹慎を命ずる。異議はないな。もとより認められないが。以上だ」
 聴聞僧達は一斉に立ちあがった。ナガハマも思わず立ちあがっていた。
「あの、御坊。一つ質問が」
 聴聞僧の一人が立ち止まった。
「減刑嘆願は一体どなたが」
「故あって、教えるわけにはいかん。しばらく待てば、おのずと知れよう」

 聴聞会を終えたナガハマは尼僧房へ向かった。他の三人も誘ったが、同行するのはゴンドだけとなった。ニキとダンダは顔を曇らせ、遠慮する、と答えた。
 尼僧房は聴聞会が開かれた白魚館から中庭を回りこむように回廊を渡り、オンド達が寝起きする金の魚房とそれに付随する建屋が収められた敷地を越えた先にあった。さして驚くようなことではないが、尼僧房は教会の敷地内で隔離された形になっている。何度となく戦禍を乗り越えた、その経験からだ。
 オンド達が金の魚房に面した中庭で穏やかな陽を浴びて寝転んでいた。世話役の坊や尼が醜く美しい子供達の間を歩いている。滅多にそうした機会はなかったが、ナガハマがここに来て彼らを見る度、複雑な思いにとらわれた。
 俺はあの愚かで賢い子供のために命を賭けているわけだ。ナガハマは思う。彼が見ている前で、中庭の中ほどでまどろんでいた一人のオンドがむっくりと起き上がり、何の目的も無く歩き出した。尼の一人がその後を慌てて追いかける。確かに何人かは素晴らしい絵や音楽――神の声を伝えてはいるが、大半はああして日がな一日寝ているだけだ。輝くような白く美しい顔と醜いできものの持ち主。彼らを助け出したところで、俺自身に何か益があるわけでもない。
「ナガハマ、さっきの話だが‥‥」
 不意にゴンドが口を開いた。
「ちょいと内陣の奥に顔が訊く坊主に知り合いがいて、そいつから聞いたんだが」
「アカタか」
 まぁね、とゴンドは応え、続ける。
「例の嘆願、国府院から出たらしいぞ」
「ダザロウか」
「たぶんね」
 やはりな、とナガハマは思った。何もかもお膳立てができている。
「あのオンドが役に立ったんだろうな」
「戦交渉に」
「たぶん、ダザロウはなぜシャフトがマヒナなんて不毛な土地にこだわるのか疑惑を感じていたんだろうな。あるいは、ダザロウに注意を向けさせるために送ったか」
「そんなとこなんだろうな」
 トリルは教会を利用し、教会はトリルを利用する。その関係に教義は必要ない。
「‥‥それにしても、アマナは坊主にしちゃ、いい奴だったよな」
「ああ。いい奴だった」
 二人は尼僧坊のある敷地を区切る塀の門を抜けた。二人はそこで胸甲を付け、側刃付きの棒を手にした尼兵二人に制止された。深いフードに隠されて、尼の顔は口元しか見えない。
「失礼、御用の向きは」
 尼兵はナガハマより頭一つ背が低い。少年が兵の真似事をしているように見えなくもないが、尼兵は尼僧が剣を携えているわけではなく、剣の心得を持つ女性が形式的に尼となっているにすぎない。丸腰のナガハマが太刀打ちできる相手ではなかった。任務を離れれば彼女達もまた別の顔を見せるのだが、今は違う。
「先日こちらに収容されたユキカ尼を見舞いに来た。アミナ尼長にお通し願いたいのだが」
「では、こちらへ」
 尼兵の一人が先に立って歩き出した。ナガハマとゴンドが後に続く。房の入り口で引継ぎがなされ、今度は本物の尼僧に案内されて建屋の廊下を歩いた。尼は無言のまま、二人をアミナ尼長の部屋へ導く。
 尼長はこの尼僧房全てを取り仕切っていた。内陣にも参画しており、トリル教会運営の一翼を担っている。通常、単に尼僧に用向きがあるのなら、尼長にまで通す必要はないのだが、ユキカ尼となれば話は別だった。トリル教会どころか、コンサバ-コンサブでもなく、しかも法衣を汚された尼僧への面会は微妙だった。
 案の定、尼長は良い顔をしなかった。無数に刻まれた皺がさらに深くなる。
「お断りせざるを得ません。無論、お二人の心根を疑っているわけではありませんよ。先のミッションで、皆様があの娘を大切にされたことは伺っております。ですが、彼女は心に深い傷を負っているのです。今はその傷を癒すことが先。あなたがたが顔を見せることは決して良いことではないでしょう」
 二人には返す言葉が無かった。なにより尼長が駄目と言うのなら、駄目なのだ。
 尼長の部屋を出た二人を、この部屋まで案内してきた尼僧が迎えた。
「こちらへ」
 そう言って歩き出す。ナガハマはてっきり房の外へ連れて行かれるものと思ったが、来た方向とは逆の方へと尼は歩いた。ゴンドと顔を見合す。
「尼さま、外へ出るのは方向が」
 尼は俯いたまま振り返り、口元に手をやった。笑いを堪えているらしい。それでナガハマには見当がついた。尼長がすべてを取り仕切っているといっても、文字通り何もかもというわけではない。
 狭い廊下と、驚いたことに幾つかの隠し扉を抜け、ナガハマとゴンドは小部屋の前に連れてこられた。尼僧の方は笑いが止まらないらしい。くすくすと笑い通しだった。退屈な毎日に彩りを与えるゴシップと悪戯を彼女らは好むのだ。
 扉を開け、中に入ると、案の定、ユキカ尼がいた。椅子に腰掛け、手を膝の上に置き、窓の外を見ている。窓からは丘の上にそびえる王城を望むことができた。
 二人に気づき、ユキカ尼は振り向いた。
「噂には聞いていましたが、いいところですね。緑がこんなに優しく見えることをすっかり忘れていました」
 ナガハマとゴンドは顔を見合す。こういう会話は不慣れだった。
「その、落ち着きましたか」
 ゴンドは部屋の戸口に立つ尼僧を意識しながら口を開いた。
「多少は。川原の時のように取り乱したりはしていません」
「そうですか。それは何よりです」
「お二人は次のミッションへ?」
「いいえ。私は三旬の間謹慎です。ゴンドは違いますが、次のミッションにつくまで間があることでしょう」
「謹慎ですか」
「教会の外へ出られなくなる程度です。あとは経典を読み、剣を振るい、銃を構え‥‥まぁ、そういったもので」
「大変ですね」
「その、大変なのは尼様も同じでしょう」
「ええ。大変でした」そう言って微笑む。「ですが、わたしにとってはもう終わったのです。ここの方達はよくしてくださいますし。それに‥‥」
 ぎこちなく言葉が途切れた。
「それに、この度のミッションはそれに見合うものだったのですよね」
 不意を突かれ、ナガハマは言葉を失った。何も答えることができなかった。ゴンドが答える。
「もちろんです。尼様。もちろんですとも」
「わたしにはそれで充分です」

 ナガハマとゴンドは青の館と内陣を囲む塀との間にある中庭を歩いた。宿舎への近道だった。ナガハマは街中に泊まるあてが無いわけではなかったが、謹慎となれば外を出歩くわけにはいかない。
「神経に、堪えるよな」
 ナガハマはつぶやいた。
「まぁな。おまけにおまえは取り繕うのが下手だ」
「おまえほど面の皮は厚かねえよ」
「俺は本気だったんだぜ」
 ナガハマはぎょっとして足を止めた。
「あの尼様が受けた痛手は確かにひでえもんさ。確かにな。だが、アマナよりはマシだし、それに」
「ミッションの価値か。俺にはおまえみたいに割り切れんよ」
「別に割り切っているわけじゃないさ。おまえはただ頭が良すぎるんだ」
「気楽だな」
「悩むのはおまえに任せてるのさ」
 ナガハマは苦笑した。
「俺も誰かに任せたいね」
 再び歩き出す。ゴンドが思い出したように言った。
「なあ、謹慎と言っても明日からだ。酒でもおごるよ。抜け出そうぜ」
「確かに、明日からだな」
 二人は低く笑った。
 ナガハマはポーチの中に手をさしいれた。中には金の魚がある。ユキカ尼が別れしな渡してくれたものだ。
 俺はこのミッションのことを忘れることができないだろう。ナガハマは思った。
「なんだ?」
 ゴンドが訊いた。ナガハマは今考えたことを口にしようとしてやめた。ゴンドならおそらく、一生悩むのが似合いだと言うだろう。
「ねんでもねえよ」
 ナガハマは答えた。


'The Mission'
Satoshi Saitou
Create : 1999.09.13
Publish: 2010.07.28
Edition: 2
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