ゲームコクーン
4.

 水口は勇一という少年を羽交い締めにしていた。榊は水口に手を貸して、勇一を車の後部シートに押し込む。
「おい!一体なんなんだよ。あんたら」
「悪いな。電話代の徴収に来た」
 榊は勇一の隣りに座った。スタンガンを子供に押し付ける。上着をまさぐると案の定お手製のナイフが出てきた。セラミックの薄片を砥石で磨いたもの。一回でも使えば割れてしまいそうだ。そしてもうひとつ。‥‥ポケットサイズのパッド。あちこちに傷があり、マットブラックの塗装がはげてアルミの表面が覗いている。
「NTNの犬かよっ」
「犬で悪かったわねっ」
 車の外で水口が怒鳴りかえす。榊は無表情のままだった。
「李朱花という娘を知っているな」
「誰だい」
 榊は子供を睨み付けたまま、パッドを窓越しに水口に渡す。
「水口、そいつの識別IDを調べてくれ」そして勇一に向かって、「朱花のパッドにはね、一件だけ発信元の識別IDが残っていたよ。他はきれいに消えていたがね」
 勇一は目にみえて動揺していた。唇がかすかに動く。
「水口っ」
「解ったわ。一致した」
「‥‥というわけだ」
 勇一の顔にゆがんだ笑みが浮かぶ。
「は、ハメようってんだろ。そうだろ? その手は古いぜ」
「YSP/IPやNTNセキュリティの前でもそう言えるのか? おれたちはついさっきまで朱花という娘のパッドを調べていたんだ」
「あんたたち何者なんだよ」
「NTNにハッキング被害の通報があってね、その調査を依頼された者だ」
「どこかの系列かよ‥‥紫水か」
 榊はうっすらと笑みを浮かべた。自分がフリーだということをわざわざ教える必要はないだろう。
「事実だけが知りたい。とりあえずな」
「それから、おれはどうなる」
「事情によるさ。素直に話せば向こうの心証も良くなるだろう」
 勇一はじっと榊をにらんだ。
「信用しろ。ハックフリークキッズを挙げたって手柄話にはならないんだ」
「ガキの遊びだからか」
「そうだ」榊はスタンガンを勇一に押し付けた。「一つ間違えれば子供でも容赦されない。最悪死ぬことだって有り得る。お前らにはゲームみたいなもんだろうが、おれたちにとってはそうじゃない」
 勇一は黙っていた。
「これはゲームじゃない。ある時突然ゲームコクーンの中で目覚めて、全く別世界で生活できるなんてことはないんだ。どこまでいっても現実だ。話せ」
「‥‥コクーンにいるのは朱花の方さ」
 少年は表情を歪めた。それきり口をつぐむ。
「隠さず話せ。このままじゃどうやってもお前をNTNかYSP/IPに引き渡すしかない」
「最初は偶然だったんだ。朱花のパッドにつながったのは‥‥」
 榊はその後の展開が聞かなくても解った。YSPのお姫様と、度胸と知識しか持ち合わせの無い少年の出会い。お互い知らない世界を持っている。違法行為はスパイス。すれ違いの接触はアクセル。少年はお姫様にパッドの秘密を囁く。共犯意識が絆をさらに強くする。
「‥‥でも、朱花はトークンをたくさんくれるんだ」
 榊は微笑んだ。彼には勇一の気持ちが解るような気がした。
「おれたち、トークンをかき集めるのにケンカすることだってあるんだぜ。‥‥あ、あんたたちに言わせりゃバカみたいだろ。あんなもんに熱中するなんてさ。社員証がありゃ、あんなもん使わなくたっていいんだし。それに、どうせおれには使えないしさ。でも、アレたくさん持ってると、なんか、いいんだよね」
 いつの間にか水口も耳をそばだたせていた。
「でもさ、朱花がごっそりくれたんだ。『なんでもないから』なんて言ってさ。それもらった時、なんかさ‥‥なんか」
 少年の顔がくしゃくしゃになる。榊は彼が泣き出すのではないかと思ったが、泣き出しはしなかった。
「よくわかんないよ。なんか‥‥いやんなったんだ」
「それでも彼女に連絡はとっていた。なぜだ」
「たまにトークンをくれるしさ。それに、ひょっとしたら‥‥」
 勇一は口をつぐむ。榊は頭の中で彼の言葉を続ける。
 ひょっとしたら彼女はYSPを出るかもしれない。
 少年の幻想。
「ハックフリークなら気づかれないようにこっそりやるのが基本だってことぐらい知ってるだろう」
 榊の言葉に勇一は顔を上げた。
「お前は捕捉されてる。こうしておれがここにいるしな。これ以上続ければ、お前はもう放っておかれない」
「ああ。もう朱花には接触しないよ」
「パッドは押収する。いいな」
 勇一は抗議するように榊を見たが、何も言わなかった。
「お前、李さんの宅内交換機を使って転送したりしたか?」
「いいや。朱花と話できればそれでよかったから」
 それでてっとりばやくコレクトコールか。榊は思った。料金さえ払い込まれていればNTNの反応は鈍い。
「よし、じゃあお前、帰っていいぞ」
 勇一は怪訝そうに榊を見た。
「料金問題が無いならNTNは放っておくさ。ハッキングが再発しなければな。だから、これで終わりだ。お前がNTNに突き出されたいってんなら話は別だがな」
「‥‥最後に、もう一度だけ朱花の声を聞けないかな」
「お前、往生際が悪いぞ」
「だめか‥‥」
「さっき、もう彼女に接触しないと‥‥」
 榊の顔の横に勇一のパッドが突き出された。水口だった。水口がパッドを差し出していた。榊はため息をついた。
「甘いな。お前は」
 榊はパッドを取ると勇一に渡した。
「最後だ」
 勇一はパッドを受け取ると、手慣れた手つきで操作した。パッドのスピーカから声が返る。
『はい、朱花です‥‥勇一なの?』
「そうだよ、朱花」
『今日、こっちにNTNの人が来たわ。勇一も気を付けて』
「いま一緒にいるんだ」
『‥‥』
「これが最後なんだ」
『‥‥』
 勇一はちらりと榊を見てから早口で言った。
「朱花、YSPを出られない?」
 答えは誰にでもわかっていた。
『‥‥そんなことできるわけないじゃない』
 涙声。
『そんなのいやよ‥‥』
 勇一は黙り込んだ。
『勇一‥‥』
「‥‥」
『勇一、わたし、このファイル大事にする。このファイルなくしたら、もう勇一の声、聞けないんだもん。だから、ね、何か喋って。お願い。録音したいの』
「‥‥さよなら」
 勇一は通話を打ち切った。パッドを榊につっかえす。榊は黙ってパッドを受け取ると、そのまま水口に返した。
 榊は車のドアを開け、外に出た。
「時間を取らせて悪かったな。仲間の所へ帰っていいぞ」
 勇一は黙って車を降りた。榊を見上げる目が合う。何か言いたげだが、何も言わなかった。榊にも、これ以上かける言葉はなかった。水口が優しく声をかける。
「ね、もう済んだのよ」
 勇一は突然水口の向うずねを蹴り上げると、そのままVGハウスへと走り去っていった。
「なんなのよ。もう!」
 水口が涙目になりながら怒鳴る。榊は苦笑した。
「お前、一言多いよ」
「わたし、なんか悪いこと言った?」
 水口はうずくまって蹴られた所をさすっている。
「男心のわからん奴だな」
「蹴ることないじゃないの‥‥。明、おぶってよ」
「バカ言ってるんじゃないよ」
 そう言いつつ、榊は水口の腕を取り、引っ張り上げると、肩にまわした。空いた手で助手席の扉を開けると、水口を中に座らせる。
「引き上げだ。‥‥その後でお前の好きな店に行こう」

'Game Cocoon'
Satoshi Saitou
Create : 1996.02.10
Publish: 2010.07.05
Edition: 2
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