ゲームコクーン
3.

 榊は車を上永谷へ向かって走らせていた。日は大きく傾き、幾つもの長い影が路面をさえぎっていた。
「‥‥なんだかあっさりした話ね」
 水口が言った。助手席の中ですっかりくつろいでいるようだった。
「温室娘とフリーキッドの恋愛なんてね。あの娘もけっこうヤルじゃない」
 榊はちらりと水口の方を見て、うっすらと笑みを浮かべた。
「彼氏の方もどうやってチャンスを掴んだのかしらね」
 車は上大岡の駅前を通過する。
「ねぇ、あの生意気な娘のこと、どうするの。やっぱりNTNに報告するの? なんだか可哀相じゃない」
「‥‥子の心、親知らず。本当にただの恋愛ごっこだと思うか?」
 水口は聞き返した。
「あの娘のような話は別段珍しいケースじゃないんだ」
「はぐらかさないでよ。どういうこと」
「勇一ってガキをとっ捕まえればはっきりするさ」
 榊はそれきり黙り込んだ。水口も仕方なく口をつぐむ。
 榊は港南行政センターを過ぎたあたりで車を右折させた。車は鎌倉街道を離れ、横浜伊勢原線に入る。この一帯はつい数十年前に宅地として開発された場所だが、旧南区や保土ヶ谷区を中心に広がる社宅街や本牧のYSPへ住人が流出し、ぎりぎりTYISPの管轄外ということもあって、やや治安が悪化していた。エコノ・エコ・プランの再開発指定区域から漏れたこともあり、都市インフラの保守整備にまわされるべき資本はこの土地を越え、戸塚や大船の方へと流れている。そのためこの土地は、横浜都市圏の、いわばエアポケットのような場所になっていた。
 榊はナビゲーションの指示にしたがって車を旧市街に乗り入れる。
「勇一って子の家に行くの?」
 朱花は勇一という子供の住所を二人に教えていた。
「いや。VGハウスがあるはずなんだ。そこに行く」
「知ってる子なの?」
「知らない」榊は微笑んだ。「だが似たようなガキは良く知っているよ。いやになるくらいね」
「またそうやって、もったいぶるんだから」
「怒るなよ」
 車はモールの前に差しかかった。横浜環状地下鉄上永谷駅がすぐそばだった。榊は車を止めた。
「よし。VGハウスをはしごするぞ」
「歩くの?」
「こういうことは昔から基本は変わらないんだよ」
 柏木勇一という少年は2軒めのVGハウスで見つかった。〈バーチャ・ライトニング〉という名前のVGハウスには、よそのもっと羽振りの良いVGハウスから流れてきた中古のシステムが揃っていた。
 店内は薄暗く、薄汚れていた。ゲームコクーンが無造作に並べられ、ゲームモニタが仮想空間中で繰り広げられているゲームの進行状況を映し出す。そのモニタの前にはフリーキッズ――系列外の社員の子供たちが群がっていた。
 モニタの中で展開しているのは仮想の市街戦だった。実物そっくりのYSPを舞台に戦闘ヘリのチームと多目的戦闘バイクのチームがチェイスを繰り広げる。これは攻守を入れ替えて行われるスクォードロン・ゲームだった。バイクチームはYSPに散らばるストラテジポイントを破壊すれば勝ちとなり、ヘリはバイクを全滅させれば勝ちとなる。ゲーム空間には彼ら以外にも一般車両やゴーストと呼ばれる仮想の人々がいたが、それらを犠牲にしてもいっこうに構わなかった。街路を封鎖するためにビルを丸ごと破壊することも可能で、むしろ高得点を取得するために、コクーン中のゲーマーは積極的に破壊する。1ゲームが終了した時点で、YSPがただの瓦礫の平原になることもめずらしくはない。
 榊はモニタの前にたむろする子供の一人の肩を叩いた。あちこちが擦り減った革ジャンを羽織っている。歳は14、5ぐらいで、左耳の付け根にミニソケットをねじこんでいた。たぶんダミーのソケットだろうと榊は見当をつけた。装着端末を持っている様子は無かった。あったとしてもそれは板状の古臭い、マイクと小型スピーカが一体になっているモデルだろう。
「なんだよ。おじさん」
 背後で水口が笑っていることが気配でわかったが、榊は構わず続けた。
「柏木勇一って奴を知ってるか」
「知ってるけど‥‥おじさん、Pかい? それともN?」
「ただの調査さ。人探しだよ。荒事は無しだ。そっちがそう望むならな」
「P? N? まさか教会じゃないよね。そっちのおばさんは、おじさんのイロ?」
 榊はにやっと笑って見せた。水口が心穏やかでないだろうということは見当がついたが、調子を合わせ続けなければならなかった。
「いい女だろう。バックについてるのはNさ。だが直接ってわけじゃない。単なる調査だ。‥‥知っているのか」
 その子はモニタの中で飛び回るヘリの一機を指差した。
「あいつがそうだよ」
「どのコクーンにいる?」
「そのうち出てくるさ」
 そう言い捨てると、そのフリーキッドはモニタに注意を戻した。モニタの中ではヘリのチームがバイクチームの残党を囲い込んでいるところだった。チェーンガンが火を噴き、空対地ミサイルが遠慮無く打ち込まれていた。ビルが瓦解し、街路は穴だらけになった。圧倒的な火力差だった。バイクの対空砲が懸命に弾幕を張っているが、守勢に回っているため戦略的に優位な場所を取れないでいる。ゲームの流れは決定的だった。ヘリチームは相手をなぶり殺しにするつもりらしかった。
 榊は水口の耳元に口をよせた。
「出口の前にいてくれないか」
「どうして」
 水口は機嫌が悪かった。
「逃げられないようにさ」
 水口はうなずくと榊に言われたように出口へと歩いていった。榊はモニタに注意を戻した。ゲームは間もなく終わる。バイクチームは一人、また一人と殺されていく。その光景を見ていて榊は落着かなくなった。彼はかつて本物の戦闘ヘリに狩り立てられたことがあった。
 やがて、最後のバイクが破壊された。ヘリチームはゲーム終了によってゲーム空間が凍結されるまでトリガを引き続けていた。
「よぉし。いただきだぜ」
「ちぇーっ。今度はユウが殺られると思ったのによー」
「ばぁか。奴は無敵だぜ。ほらほら、払えよ」
 子供たちはさまざまな系列で発行されているクレジットトークンを使って賭けをしていたのだった。クレジットトークンは形ある現金が消滅した現在において、昔ながらの貨幣の代わりをしていた。しかしトークンを彼らが実際に使うことはできないはずだった。トークンは特別行政区、この近辺であればYSPだけでしか通用しないからだ。フリーキッドがYSPでクレジットトークンを使用すれば、それはYSP/EP(YSP/経済警察)の注目を引くことになる。注意を引けばそれでおしまい。
 それでも彼らがクレジットトークンを使うのは、それが彼らが決して手に入れられない富の象徴そのものだからだ。
「おっし、じゃあ今度はシェイクドラゴン対ジャンクジャンキーだ」
「とっととコクーンを空けさせろ」
 誰かが怒鳴る。その怒鳴り声が響く前に、ゲームコクーンの蓋がゆっくりと開いていた。中にはアイマスクをつけた子供が収まっている。
 コクーンの中で子供たちは身を起こし、アイマスクを外した。
「やったな、ユウ」
 誰ががそう言う。榊は誰が反応するか注目した。
「たまには負けてやれよ」
「じょーだんじゃねーよ」
 ユウと呼ばれた子ともが自慢気な笑みを浮かべて答える。彼は頭の左側に、一筋線が入るように脱色していた。
「柏木勇一か」
 榊は声をかけた。ユウ――勇一はぎょっとしたように身をすくめる。
「柏木勇一だな」
 榊は勇一が収まっているコクーンに近づいていった。右手は腰のベルトにぶらさげたスタンガンに延びている。
「李朱花という娘を知っているか」
 勇一はコクーンの中から飛び出した。近くにいる仲間達をはねとばしながら出口に走る。
「裕子!」
 水口は突進してくる子供を捕まえようと身構えた。勇一は彼女に体当たりする。水口は尻餅をつきながらもなんとか勇一を捕まえていた。
「奴に危害を加えるつもりは無い!」榊は不審の目を向けるフリーキッド達に怒鳴った。「聞き出すことさえ聞き出したらそれっきりだ。いいな」
 榊はベルトからスタンガンをぬいてゆっくりとあとじさった。

'Game Cocoon'
Satoshi Saitou
Create : 1996.02.10
Publish: 2010.07.05
Edition: 2
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