ゲームコクーン
2.

 朱花という娘はネット美少女の典型だった。髪型や仕種、言葉の抑揚がネットで流れるイメージモチベーター――いわゆるアイドル達のそれにそっくりだった。イメージの模倣があまりにも強いので、榊にはどこまでが彼女本来の個性なのか見当もつかなかった。顔立ちですら、確かに李夫人の面影はあるものの、どことなくネットで見たことのある顔だった。
「‥‥それで、わたしのパッドを見てどうするんです」
 その朱花という娘は言った。ずいぶん棘のある言い方だった。
「朱花さん」水口が優しく言う。「あなたのパッドの通信記録を調べたいの。この家がハッキングされてないことをはっきりさせたいのよ」
「ハッキングされてないんだから、調べることなんてないじゃない」
 朱花はベッドに腰をかけた。水口と榊は立ったままだった。水口は腰をかがめ、朱花と目線を合わせる。
「ハッキングされていないなら、あなたの記録からそういう結論がでるだけ。それは解りきったことだけど、他人を納得させるには証拠が必要なのよ」
「他人って誰に」
「あなたのお母様と、私たちにこの仕事を斡旋してくれたNTN保安部よ」
 朱花は水口を見つめた。水口は微笑んだ。朱花は顔をそむける。
「‥‥解ったわ。でも、何も出てこないわよ」
「それならそれで構わない」榊は答えた。「パッドを貸してもらいたい」
 朱花はベッドから腰を上げると机の上の鞄を開けた。中からパッドをひっぱり出す。
「どうぞ。気が済むまで」
 朱花はパッドを榊に渡した。
「ええ、そうさせてもらうわ」
 水口はにっこりと微笑んだ。そろそろうんざりしかけていた。
「椅子と机を借りるよ」
 榊はそう朱花に断って、彼女の答えを待たずに、朱花の机の上にパッドを置いた。
「ねぇ、あなたたち、NTNの人?」
「いや。フリーだ」
 榊が答える。
「でー。ごじょーだーん。YSPで仕事していいの」
「してはいけないというルールはないぞ」
 榊はパッドの記憶領域を探り、保守情報を開示させた。電話受信ログを選択する。
 水口の方はこの朱花という温室育ちをもてあまし気味だった。榊ほど無愛想にはなれなかったが、好きになるには生意気すぎる。
「朱花さん、この部屋いいセンスしてるわね」
「こんなの並みよ。別にいいセンスでも何でもないわ」
「ああ、そうなの‥‥」
 榊はパッドの解析に熱中していた。榊にとっては楽な仕事だった。
 電話受信ログの記録が表示される。榊はパッドの隣りに李宅の屋内局が受信したログを並べる。そして、NTNからの明細。不審な記録は蛍光ペンでマーキングされている。
 異常はすぐにわかった。屋内局の受信記録に欠落がある。欠落に対応するNTN側の記録も妙だった。ずうずうしいことにコレクトコールだ。李夫人が言うように、端末を特定する部分がでたらめだった。ただし発呼元の記録はしっかり残っている。公衆ターミナルだ。場所を転々と変えている。昨日も一件、不審な記録がある。やはりコレクトコール。
 パッドの方にそれに対応する記録は無かった。何一つ。
「何もない」
 榊は言った。水口がえっ、と声を出す。
「きれいなもんだ。李夫人が言う『不審な記録』一件すらない」
「知らないわよ。そんなの」朱花が噛み付いた。「お母さんがでっち上げたのよ」
「そうかい。パッドのログは普通、使用者の手が届かないようになっている。それでも一応保守作業ができるようになっているが、その場合、ログのバックアップファイルが確保される。古典的なフールプルーフ手段だ」
「わけ解からないこと言って、脅すつもり?」
 朱花が睨み付ける。
「とんでもない。事実を述べているだけだ。お嬢さん。‥‥さて、そのバックアップ領域は普段隠されているが‥‥この専用パッドを使うと読み出すことができる。他の手段ではどうやっても見れない。このことは教えてもらってないだろう」
 そう言って榊は懐から保守用のコントローラーを取り出した。それは小型のパッドだったが、一般に出回っているパッドを保守点検する専用のものだった。NTNに認定された有資格者のみが利用できる神器。
「よし。出た」
 水口は朱花の額に汗が浮かんでいることに気が付いた。
「昨日、一件の記録が残っている。送信元の識別IDも残っている。不用心だったね。お嬢さん。‥‥他は上書きされて消えてしまっているな。どうやってオリジナルの記録を消したのかな」
「知らないってば」
「パッドのシステムファイルはハードウェア的なプロテクトがかかっているんだ。つまり、持ち主か、パッドを盗んだ人でないといじることはできない。‥‥盗まれたのかい」
 朱花は答えなかった。
「パッドのシステムに触れることはNTNが禁じている。もし禁を破れば、NTNは告発することができる。パッドの貸与契約条項にそう書いてあるはずだ」
 榊は椅子から立ち上がり、朱花の肩に手を置いた。朱花の全身は緊張で堅くなっていた。
「触らないで」朱花が吐き捨てるように言う。「わたし、人に触られるのが嫌いなの」
 榊の表情は動かなかった。
「もし君が告発されれば、YSPから出て、緑地帯の向こうで暮らすはめになる。終身社員証は出ない。‥‥もし、わたしが正直に報告してしまえばね」
 朱花は驚いたように榊の顔を見上げた。娘はおびえていた。
「だが、もし君が誰かに利用されていたり、騙されたり、脅迫されていたりするのであれば別だ。その事実が判明すれば、YSP/IPなりNTN保安部なりの出番になる」
「‥‥もしお金を払えば」
 水口の身体がびくっと動いた。榊は水口の様子に気が付いたが、それには構わず続ける。
「あいにく、それほど貧乏な暮らしはしていないんでね」
 朱花はうつむいた。
「じゃあ、YSPを出る準備をしておきなさい」
「‥‥勇一なのよ」
「誰だい」
 朱花は押し出すように言葉を紡いだ。
「勇一が教えてくれたのよ」

'Game Cocoon'
Satoshi Saitou
Create : 1996.02.10
Publish: 2010.07.05
Edition: 2
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