■この本を書店で見つけたとき、嬉しかったのだけど、少し寂しくもあった。「全短編」と銘打つからにはもう新しい短編は読めないだろうから。この短編集に収録された作品は全て読んでいるけれど、それでも購入。司政官シリーズで最初に読んだのは短編集『長い暁』で、それがかれこれ20年ほど昔のこと。さすがに歳喰った分読めるようになったというか、昔は読めていなかったところに気付いたりということも。しかし、厚いよ。
収録されているのは全短編ということで『長い暁』『照り返しの丘』『炎と花びら』『扉のひらくとき』『遙かなる真昼』『遺跡の風』『限界のヤヌス』の7編。銀河に版図を広げていく連邦が連邦軍による占領政策から民政へ移行するまでのつなぎとして導入された司政官制度の司政官達が理想に燃えていた黎明期から制度疲労を来たすようになるまでの、一種の年代記のようになっている。
あとがきでも言及されている「インサイダー文学論」については今では状況が変わっていて、明確な「インサイド」とそれに対抗する「アウトサイド」があるというより、境界と外縁が見えなくなったどこまでもマージナルな中でそれぞれが自分を中心にしたサークルを持っているような、そういう作品が多くなったような。自分がそういう作品しか目にしていないということかもしれませんが。
収録された短編ではいずれも多少エキセントリックな異星人社会が描かれますが、それらはいずれも主人公自身が属する官僚社会や置かれている社会的状況をカリカチュアした姿が反映されています。ここでストレートな体制批判に流れてしまうと単なる青臭い話でしかないんですが、そうはならず、矛盾や限界を感じながらも司政官制度の理想を信じて主人公達は職務を遂行していく姿が描かれます。そういう官僚社会への批判的な視線を織り込みつつ、異星人社会と人類社会と折り合いをつけようとする司政官の活躍を描くエンターテイメントSFとしてきちんとバランスのとれた作品群になっています。まあ、プロジェクトX的な話が好きな人にはオススメ。
『長い暁』『照り返しの丘』は制度黎明期のエピソードで、連邦軍との軋轢の中でしたたかに存在感をアピールする司政官の姿を描き、『炎と花びら』『扉のひらくとき』は原住民(異星人)社会と関わる姿が描かれています。しかし、『遙かなる真昼』『遺跡の風』で移民社会が成熟していく中で次第に制度疲労の兆候が描かれ、『限界のヤヌス』では制度そのものが内包していた、これまでの司政官統治時代の中で先送りされていた問題が表面化した状況が描かれます。『限界のヤヌス』はその結部はもちろん、全体として映画『ラストサムライ』にも似たトーンを帯びています。
繰り返しになりますが、派手な活劇は殆どなくて、全般的に地味なんですが、プロジェクトX風味が好きな人には楽しめると思います。