碧の夜空に

 深夜も零時を過ぎると、街は見慣れぬ姿を現す。駅前に並ぶタクシーの艶やかな尾灯の列。灰色の通りを見下ろす原色のネオン。虚ろに口を開く駅の連絡通路。人の姿だけが蒸発した商店街を、蛍光燈がちらついて照らす。ふだんは車など入らない路地で、トラックが荷を降ろしている。猫が光る目で見ている。靴音だけが耳につく。通りの向こうを姿がよぎるが、本当に見たのか心許ない。
 見上げれば満月。夜空は青硝子に似た碧色。薄い雲が透けて輝く。スカイラインが空を切り取る。よく見れば、ビルの上にうずくまる影法師。明るい街で遅い眠りにつくカラス達。碧の夜を背負って。
 橋をわたる。
 月明かりに川面が光る。魚がはねる。雲が流れる。くもり硝子のような雲。
 時計の針は午前1時。
 コンビニエンスストアの前を通る。むやみに明るい店内で、壁に寄りかかった店員があくびをしている。誘蛾灯が鳴っている。羽虫が群れる。
 墓標にも似た集合住宅の群れ。通路を照らす蛍光燈だけが灯り、無人の回廊を照らす。歩道には洒落た街灯の列。プラタナスの並木に混ざって路上に柔らかい光を投げる。歩道の縁にはつつじの植え込み。団地の敷地を外と区切って。
「ずいぶん遅いのね」
 植え込みの間に少女がしゃがむ。白い顔だけ異様に目立つ。
「ずいぶん待ったのよ」
 立ち上がった少女は腰ほどの背の高さ。近づいて抱きつく。
「ずいぶん疲れているのね。――あなた」
 声の響きに総毛立つ。まとわりつく腕をほどいて突き飛ばす。
 笑い声。羽ばたきの音。少女の姿はとうになく、碧の夜空にカラスが飛び去る。


'In The Green Night Sky'
Satoshi Saitou
Create : 1996.11.09
Publish: 2010.05.30
Edition: 1
Copyright (c) 1996-2010 Satoshi Saitou. All rights reserved.